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在日オーストラリア大使館

文学

オーストラリア文学は、時代と社会の流れと共に変化を遂げてきました。オーストラリア入植時に移植されたイギリス文学はオーストラリアが国として独立するなか、オーストラリアならではの背景を描写するようになりました。1973年には、オーストラリア人初のノーベル文学賞をパトリック・ホワイトが受賞し、世界的な評価を受けました。1970年代の多文化主義政策の導入を経て、移民文学・先住民文学と幅広く、オーストラリアの多民族社会を表わす、英米文学とは異なるオーストラリア独自の文学として確立してきました。詳しくはオーストラリア文学のスペシャリストである同志社大学名誉教授の有満保江先生の「多文化社会のなかのオーストラリア文学」をご覧ください。

また、2012年からは、豪日交流基金助成の下、「オーストラリア現代文学傑作選」にて、日本ではまだ紹介されていない国際的評価の高いオーストラリア文学作品を1年1冊のペースで10年にわたり、紹介しています。

 

多文化社会のなかのオーストラリア文学

同志社大学 名誉教授 有満保江

2010年6月

オーストラリア文学が今、たいへん面白い。現在のオーストラリア文学の景色は、かつてイギリス系の白人作家の作品が「オーストラリア文学」として語られた時代とは大きく異なってきている。その理由はいうに及ばず、1970年代の多文化主義政策の導入である。

そもそもオーストラリア文学は、先住民によって語り継がれた物語は別にすると、植民地時代にイギリスから入植してきたイギリス人の書いたものがはじまりだった。厳密にいえば、オーストラリアの入植がはじまった時点では、オーストラリア文学と呼ばれるものはなく、イギリス文学がオーストラリアに移植され、イギリス文学の延長線上にあるものがそれに相当した。

しかし植民地時代を経て連邦政府が結成され、オーストラリアが政治的に独立することにより、オーストラリア文学が次第にオーストラリアの大地に根付いていった。植民地時代に活躍した作家としては、ヘンリー・ロースン(Henry Lawson)、バン      ジョー・パタースン(Banjo Paterson)ジョーゼフ・ファーフィー(Joseph Furphy)などがあげられ、彼らはいわゆる白人オーストラリアの文学のアイデンティティの確立に貢献した。

その後、第一次・第二次世界大戦を経て、オーストラリア文学の近代化がはじまり、クリスティナ・ステッド(Christina Stead)、ザヴィア・ハーヴァート(Xavier Herbert)ジュディス・ライト(Judith Wright)などが活躍し、国際的にもその名が知られるようになる。そして1973年にパトリック・ホワイト(Patrick White)がノーベル文学賞を受賞したときには、オーストラリア文学を世界地図に載せたという評価をされた。その後、トーマス・キニーリー(Thomas Keneally)や、ディヴィッド・マルーフ(David Malouf)ピーター・ケアリー(Peter Carey)などが続き、彼らは現在も国際的に活躍している。

移民文学

ここ20年間のオーストラリア文学賞の受賞者の名前をみると、大きな変化がみられる。文学賞を受賞している作家の名前が、非英語圏のヨーロッパ、東南アジア、中国、インドなどのアジア系の名前、あるいは中近東の出身者の名前が目立つようになった。なかには、先住民系の作家の名前も見受けられる。このことは、世界各地の非英語圏から訪れた移民や、文字をもたないとされていた先住民が、イギリス系作家と同様に、英語を彼らの第一言語として自由に操ることができるようになったことを意味する。多様な文化的背景をもつ作家たちが次々と作品を書くようになり、従来のイギリス系作家とは異なる視点をもつオーストラリア文学が生まれ、オーストラリア文学に新たな幅と深みを提供している。

その代表格としては、上でも述べた国際的にも知られているディヴィッド・マルーフがあげられよう。1970年代半ばに多文化主義政策がオーストラリアに導入される以前から小説を書き、当初は自身のレバノン系という出自を意識することなく執筆をしていたが、多文化主義政策が導入されて以後、レバノン系が強調されるようになったと、回想している。マルーフは移民系作家でありながら、かつては白人作家として受け入れられていた作家であろう。

マルーフより後の世代、すなわち多文化主義以後の移民作家の活躍が目覚ましい。ギリシャ系の移民の子孫であるクリストス・チョルカス(Christos Tsiolkas)、フィリピン系作家マーリンダ・ボビス(Merlinda Bobis)、中国系作家ウーヤン・ユー(Ouyang Yu)、インド系作家、スニル・バダミ(Sunil Badami) などがあげられよう。彼らの特徴は、移民として、あるいは移民の子孫としてオーストラリアに住み、英語を用いて本国、あるいはオーストラリアでの経験を作品に描いていることである。


移民作家のもうひとつの特徴は、かつてオーストラリア文学に当然のように存在していた人種の枠が取り払われ、ハイブリッド化されてきていることである。先述のマルーフもすでにその一例であるが、多文化主義政策以後の作家では、ブライアン・カストロ(Brian Castro)エヴァ・サリス(Eva Sallis)などがあげられよう。彼らは複数の文化的背景をもつハイブリッドな背景をもつ作家として、新しい物語を生みだしている。

もうひとつの例としては、国境を自由に超えて活躍するケースである。ベトナム出身で、難民としてオーストラリアに両親ともに移り住み、オーストラリアで教育を受けるが、やがて渡米、最初の短編集The Boatを海外で出版したナム・リー(Nam Le)のケースである。グローバルな視点でさまざまなテーマを扱った作品集は、国際的に注目され、多くの言語に翻訳されている。国境を超えて活躍する作家といえば、かつてはパトリック・ホワイト、クリスティナ・ステッド、そして今ではディヴィッド・マルーフ、ピーター・ケアリーなどがあげられるが、かつての離国者作家と今の作家と大きくことなるのは後者には文化や国家の壁がなくなっているということであろう。

先住民文学

多文化社会を映す文学として、移民作家のほかに先住民作家たちもオーストラリア文学に新たな幅と深みを与えている。そもそも先住民が英語で文学作品を発表しはじめたのは1920年代に遡るが、彼らの作品が注目を集めはじめたのは、オーストラリア政府が多文化主義政策を導入しはじめて以降、1970年代から1980年代にかけてのことである。このころに活躍した作家は主として白人のアボリジニ支配に対する抵抗運動の一環であったため、彼らの作品の意図は社会的、政治的な色合いの濃いものであった。

そのころ活躍した作家には、ジャック・ディヴィス(Jack Davis) 、キャス・ウォーカー(Kath Walker)、後のウジュール・ヌナカル(Oodgeroo Noonuccal) があげられよう。先住民作家が生みだす作品には「ライフ・ストーリー」と呼ばれるものもあり、オーストラリアの歴史のなかで語られることのなかった先住民の迫害の歴史、たとえばストールン・ジェネレ−ションの経験が明らかにされた。

その代表的なものとして、サリー・モーガン(Sally Morgan)の『マイ・プレイス』があげられる。しかし、1990年前後から作家たちは、神秘主義、超自然主義、シュール・リアリズムなどのさまざまな技法を用いて、アボリジニ的な要素とヨーロッパ的な要素を織りまぜ、新しい彼らのアイデンティティを主張する時代を迎えることになる。先住民作家とはいえ、純血のアボリジニ作家はすでに存在することは少なく、彼らのほとんどは、白人と先住民の混血、あるいは先住民と移民の子孫の混血が成長して作品を書く時代となっている。先住民作家のハイブリッド化が進んでいることをうかがえる。現在活躍中の作家として、キム・スコット(Kim Scott)アレクシス・ライト(Alexis Wright)ファビエンヌ・バイエ=チャールトン(Fabienne Bayet-Charlton)などが挙げられよう。アボリジニ文学の詳細については、『オーストラリアのアイデンティティ—文学にみるその模索と変容』を参照。

白人(イギリス系)文学の多様な創作活動

移民文学、先住民文学が、オーストラリア文学において新たな視点で新しいオーストラリア文学を生みだしているが、一方、白人系の作家の活躍も重要である。前述のトーマス・キニーリーやピーター・ケアリーは、数々の国内の文学賞を受賞、イギリスのブッカー賞を受賞し、現代の英語で書かれた文学としては国際的に名が知られている。

若い世代の白人作家たちの活躍も著しい。若い世代の特徴は、自身の出身地をベースに作品を書いていることであろう。西オーストラリアのティム・ウィントン(Tim Winton) 、タスマニアのリチャード・フラナガン(Richard Flanagan)、ブリスベーンのアンドリュー・マッガーン(Andrew McGahan)など、それぞれの地方色を作品に反映させ、独自の小説世界を築いている。

また、近年は作品が日本語に訳されていながら、オーストラリア人作家であることはあまり知られていないこともある。たとえばダイアン・ハイブリッジ(Dianne Highbridge)は日本に在住しながら作家活動をしており、作品もオーストラリア以外で出版されている。作品は日本語にも訳されているが、オーストラリア人作家であることはあまり語られることはない。ロジャー・パルバース(Roger Pulvers)もアメリカ生まれのオーストラリア人作家であるが、日本に長年居住し小説、詩、演劇など多くの日本語の著書がある。また、きわめて特殊なケースとして、南アフリカ出身のジョン・マックスウェル・クッツェー(John Maxwell Coetzee)があげられる。クッツェーは南アフリカのケープタウン出身であり、ピーター・ケアリーと並んでブッカー賞を二度受賞、2003年にはノーベル文学賞を受賞している。現在ではオーストラリア市民権を獲得、アデレードに住む。

 

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