Australian Embassy Tokyo
在日オーストラリア大使館

オーストラリアの文化とイノベーションに欠かせない、オーストラリア国立演劇学校

「オーストラリアの文化とイノベーションに欠かせない、オーストラリア国立演劇学校」

オーストラリア国立演劇学校 校長 リン・ウィリアムズ

2012年4月20日 オーストラリア大使館

 

本日はこうして話す機会を頂き、嬉しく思います。有難うございます。

本日のトピックですが、オーストラリアの文化とイノベーションの基盤に欠かせない存在である、オーストラリア国立演劇学校 - National Institute of Dramatic Art(NIDA)についてお話させて頂きます。

以前わが国の芸術大臣を務めていたピーター・ギャレット氏は、このように述べています。
「芸術は我々のアイデンティティやコミュニティー、経済に、大きな貢献を果たすものである。イノベーションが持続的成長を続けるニュー・エコノミーにより中心的役割を果たす中で、創造性や芸術はイノベーションを推進できるという意識が広まっている。」

今夜は皆さんに、わが国の文化やイノベーション戦略においてNIDAの重要性がいかに増しているか、また政府のイノベーション戦略の鍵ともいえる創造性を育て、支えるのにNIDAがいかに貢献しているかについてお話いたします。

NIDAの将来のビジョンは、主に二つあります。

  • 国際社会においてイノベーションの主役となること
  • オーストラリアの全国民が芸術を理解、評価できるよう、彼らの日常生活を豊かにすると共に、彼らが創造の可能性を追求するよう働きかけること

はじめにNIDAの背景について、少し触れたいと思います。NIDAはオーストラリアの主要な舞台関係者養成機関であり、一連の創造的な人材や、ダイナミックな作品群を生み出しています。

NIDAからは国際的なスターが生まれており、それ自体わが国の文化や外交、ビジネス、経済にとっての価値ですが、それだけにとどまるものではありません。卒業生のケイト・ブランシェットやメル・ギブソンの名前は今や世界的に知られていますが、NIDAは50年以上にわたって、訓練を積んだ才能ある俳優や演出家、デザイナー、舞台監督、道具・技術担当者を輩出してきました。

NIDA卒業生の成功は、この52年間における本学の舞台訓練の質の高さと密接につながっています。NIDAでは共同作業的なコンセルヴァトワール方式、実践を中心とした集中プログラムをベースとしており、全コースの生徒が毎年一緒になって、きわめて価値の高い10の作品を制作しています。実際の現場と同様、そのプロセスは演出家やデザイナーによるコンセプトの追求、調査に始まり、60名の生徒が関わる作品へと結集されます。

ここで最近制作された『真夏の夜の夢』の映像を通じ、皆様にこうしたプロセスの一部をご覧頂ければと思います。セット・衣装デザイン担当の学生による当初のアイディアや、セット・小道具・衣装・スタッフ、俳優が一体となって最終段階のリハーサルに入っていく様子がお分かり頂けるかと思います(DVDを上映)。

  

舞台訓練の質の高さと、その結果として生徒が生み出す成果を、我々は大変誇りに思っています。しかし一方で、我々はその優れた実績に甘んじている訳にはいきません。今日の舞台関係者を育てるというだけでなく、舞台の生死を分けるともいえる、絶えず変化する技術面、人口面での課題に対応する責任が我々にはあります。

NIDAの将来のビジョンはしたがって、変わり行くアート環境と観客の期待に応える、もしくはこれに果敢に挑むべく、教育・訓練のプログラムを絶えず進化させていくことにあります。

舞台技術は我々の訓練の中心に絶えず位置するものですが、NIDAでは現在、様々なパフォーマンス形態のための訓練を生徒に提供する必要性を感じています。

生徒に最新の技術に慣れる機会を与え、彼らが絶えず変化し続けるこの業界で職を得られるよう、訓練していくことが大切です。卒業生はアートとテクノロジーが融合する環境に、慣れる必要があります。ライブのステージにテクノロジーが活用される機会は増えており、アーティスト達はコンピューター・ゲームやデジタル・メディアといった、新型メディアのコンテンツを提供しています。

全てのコースの卒業生に、映画やテレビ、アニメーションの世界に就職するより多くの機会が提供されています。NIDAでは、オーストラリアン・フィルム・テレビジョン・アンド・ラジオ・スクールとの共同プロジェクトが増えています。またチャンネル7の寛大な支援を得て、最近では学内に標準的な映画・テレビ用スタジオを作った他、スクリーン学科を新設しました。また新しい映画・テレビ集中プログラムにおいては、生徒に最新のスクリーン技術が提供されている他、その他のマルチメディアやデジタル素材の可能性も追求されています。

2013年には、現在の背景セット制作コースに取って代わり、舞台部門に新コースが導入されます。これは単に舞台のデザインにとどまらず、オリンピックの開会式や他の野外イベントといった、大型のイベントやショーを生徒が将来手がけられるよう、工学材料やスマート材料、革新的な建設技術について学ぶプログラムです。また最近大学院戯曲コースを新設しましたが、ここからはすでに、卒業後一年以内に作品依頼を受ける卒業生が生まれています。自前の劇作家の存在は画期的であり、これにより全コースの学生達が新作の上演に定期的に関われるようになります。また学院全体に、リスクへのチャレンジ精神が育まれます。この他、国内外の劇作家にNIDAの学生と共同で上演を行うための、新作戯曲の執筆を委託するプログラムを毎年行っています。こうしたイニシアチブは、従来のジャンルを超えた試みであり、業界のプロの方々にも影響を与えるものであると確信しています。

NIDAが創造性とイノベーションの拠点となりつつあるのを、嬉しく思います。学生達は創造的な活動仲間を求め、やがて小さなグループを作ります。そして将来、舞台芸術の世界に新しいアイディアや方向性を持ち込むような土壌が生まれます。私はいつも彼らに、仲間と一緒に職探しを行うメリットがいかに大きいのかを伝えています。小劇場で一緒に活動してきた劇作家や演出家、デザイナー、舞台監督仲間が、アートやエンタテイメント産業の第一線へと共に進出していく例を、何度も見てきているからです。

この2、3年は、国内外の一流のプロの方々を招いて生徒との作品制作に関わってもらうという、生徒の舞台芸術への視野を広げる試みがより盛んになっています。私は3年前に、毎年のアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを取り入れました。これにより優れたアーティスト達が、マルチメディアやフィジカルシアター、現代演劇の音響デザインといった分野で専門知識を共有してくれます。彼らは現代パフォーマンスの最新アプローチを通じ、学生達の基礎能力を鍛えてくれます。また、学生達はそこからインスピレーションを得て、一連の実験的な作品を生み出すようになります。今年は国際的に有名な照明デザイナー兼演出家のニック・シュリーパー氏が、現代パフォーマンスやイベントにおける照明技術の指導を行います。舞台セットのデザインに代わってよく使用される、プロジェクター画像の活用についても指導があります。

この他にも学生との交流のために、より多くの海外演出家が本学院に招聘されています。こうした試みは、他国の劇作家の作品や、海外の演出家特有の美意識を届けてくれます。学生達は地理的に遠く離れていても、世界のアート・コミュニティーに参加することができます。フランスのジャン・リュック・プルボスト氏は、ヨーロッパのストリート・シアターの手法をモリエールの作品に取り入れました。本作の上演に関しては、フランス大使館の文化担当官よる資金支援に感謝しています。またベルリンのエルンスト・ブッシュ・スクールのピーター・クライナート氏を招聘し、ゲーテ・インスティチュートの支援を受けた『三文オペラ』の現代版演出を手がけてもらいました。また、サンクトペテルブルク・アカデミー・オブ・ドラマティック・アートのセルゲイ・チェカスキー氏は、ブルガーコフの『飛行』を手がけました。本作は、オーストラリアにて初演が行われました。この他、メル・シャピロ氏は昨年、アメリカの舞台ドラマ『ユダの最後の日々』を上演しました。今年はブロードウェイの演出家、ケイト・ホリスキー氏が学生達の指導にあたり、アメリカ演劇業界の現状についての説明を行っています。

   

 

冒頭で述べましたように、アート業界の変化に目を向ける重要性という観点から、我々は新コースの設立を進めています。新設の制作コースでは、観客によるアートへの関わり方の多様性について探求し、デジタルなど様々なフォーマットによる作品制作方法を考案すると共に、そのための高度なマーケティング、及び資金調達戦略について学びます。文化リーダーシップという別のコースでは、国内外のアート政策について知見を広げると共に、国際的フェスティバルやイベントを世界的にリードするわが国の力を活用し、国際的なアート・リーダーの輩出に力を入れます。

在校生の視野を広げるのがNIDAの仕事である一方で、わが国の演劇人が最新技術に乗り遅れないようにするのも大切です。現在こうしたプロの方々は、カナダやドイツ、フランスといった他国のイノベーション拠点に惹きつけられているようです。わが国で活躍する方々が以前、アート・イノベーションをプロとして国内で学べるような機会をNIDAに提供してほしいと、語ってくれたことがあります。彼らはコンテンポラリー・パフォーマンスが抱える問題を解決するために、実践的な共同研究を行いたいと考えています。

我々は将来こうしたニーズに取り組むため、コンテンポラリー・パフォーマンスのための国際センターの設立を検討する必要があります。こうしたセンターを通じ、NIDAは国内外に文化的影響力を与えるプラットフォームとしてより発展できるでしょう。また世界の文化コミュニティーに、オーストラリアの革新的アーティストならではの意見を伝えることも可能になります。

また国内外の専門家が集まれば、対話の場が生まれると共に、アートや科学、最新技術といった垣根を越えた共同研究やプロジェクトを行うよう、より広い世界に働きかけることもできます。これはNIDAの評判や実力により良い影響を与えるでしょう。同センターはまた、政策決定者やオピニオン・リーダーが、わが国のイノベーションに関する問題に取り組む上で有益な情報を届けることでしょう。

わが国のフィジカル・パフォーマンスの専門家・演出家であるギャビン・ロビンス氏と話した時、彼はイノベーションについての自らのビジョンのために、海外に出向く必要性をこのように語ってくれました。「現在北半球には、視覚・フィジカル・パフォーマンスのムーブメント・ディレクターとして活躍できる場が非常に多くある。しかし一方で、南半球には舞台や映画、アニメの質が真に向上する可能性がある。ニュージーランドにはWETAスタジオ、オーストラリアにはアニマル・ロジックグローバル・クリチャーズといった会社が存在している。今は技術的に洗練・統合された舞台を生み出す資源を世界に頼らざるを得ないが、やがてはここオーストラリアで新しい視覚・フィジカル面での技術を追求して舞台に取り入れ、物語というアートやその力を強化していきたい」。

彼の語るジレンマは、わが国の多くのクリエイティブ・アーティストの声を代弁するものです。コンテンポラリー・パフォーマンスのための国際センターが設立されれば、国内外のアーティストにとってのクリエイティブな交流拠点が誕生します。ギャビン氏のようなアーティストがNIDAで自ら選んだ海外のパートナーとリアル、バーチャルな世界の両方で作業を共にし、新しい創造的アートの形態を開発したり、革新的な交流を生み出すことが可能となるでしょう。

次にNIDAのもうひとつのビジョンである、「オーストラリアの全国民が芸術を理解、評価できるよう、彼らの日常生活を豊かにすると共に、彼らが創造の可能性を追求するよう働きかけること」について、見ていきます。

サイモン・クリーン芸術大臣は現在、新しい全国文化政策の策定を通じて、わが国における文化的変化を推進しています。大臣はオーストラリアの全国民が芸術に触れ、その日常生活への効用を理解、評価できるようになればと考えています。我々は芸術が物事を変える力を信じており、こうした政策の策定に深く関わっています。

我々はまた、少しでも多くの人々にNIDAを体験して欲しいと願っています。集中的なコンセルヴァトワール方式の訓練に誰もが参加はできないでしょうが、訓練のマジックを体験する場は数多く用意されています。例えばオープン・プログラムには、毎年1万5千名の参加があります。パートタイム・コースやスクール・ホリデー・コース、成人のための短期コースは、本学院の敷地内だけで展開されているのではありません。我々の行うツアーは、各地のコミュニティーの方々が活用できる、最も成功しているプログラムのひとつです。NIDAはスクール・プログラムを通じて、未来のための知識を備えた観客の育成を図る他、彼らの文化体験に対する期待の急激な変化に対応できるよう尽力しています。

コーポレート・パフォーマンス・プログラムはNIDAの特別訓練メソッドを生かしたものであり、昨年は7,000名の企業部門関係者がコミュニケーション技術改善の方法や、創造的な問題解決の方法について学びました。NIDAの経験を共有していくことは、我々が前進する上で重要であり、交流を深め、動的な関係を築けるよう人々に働きかけていく方法を模索しています。

皆さんは、私がどうして今回日本に来ているのか不思議に思われるかもしれません。

私の前任であるオーブリー・メロー氏は、アジアにおける国際関係の構築に大変熱心でした。彼は何度も日本に来て、日本のいくつかの訓練機関と連絡を取っていました。私もこうした機関との関係を引き継ぐ点に、力を入れたいと考えています。とりわけ新しい技術やパフォーマンスの分野においては、訓練への新しいアプローチを開発する上で、互いに学び合える点が多々あります。日本の機関とはビデオ会議を活用したパートナーシップの構築や、学生・スタッフ間の交流の可能性を模索したいと思っています。

桐朋学園芸術短期大学の学生の方々は、2007年と2010年のわが国の春にワークショップ参加のため、本学院に来てくれました。両方とも1週間の滞在であり、クラスでは即興や歌唱、ダンスや体の動き、場面作り、カメラ演技といった主要科目について学びました。この試みは大変上手くいったため、我々は今後もこの関係をより広げていきたいと考えています。

我々は日本の演出家の方に再度NIDAに来ていただき、日本の現代劇を生徒と共に上演して欲しいと強く願っています。2006年には日本の劇作家兼演出家である坂手洋二氏をお迎えし、彼の作品「屋根裏」が本校の生徒により上演されたのは、非常に嬉しい経験でした。本作品はまた日豪交流年の一環として、豪日交流基金が支援を行いました。この大成功したプロジェクトから、幾つかの場面をご覧頂きたいと思います。

 

次にNIDAの将来について、触れたいと思います。

NIDAにとっての次の50年間は、舞台芸術の将来という点で実に心踊るものです。我々の卒業生は、アートやエンタテイメント業界のリーダーとして活躍しているでしょう。彼らは世界市場においてわが国経済の推進役を務めると共に、その成功は今後もオーストラリアの文化的アイデンティティーの形成に一役買っていくでしょう。創造性やイノベーションが我々の社会を牽引し続けるためには、また、芸術に生活を変える力が存在すると人々に認識してもらうためには、彼らの存在が欠かせません。我々のビジョンを実現させるためには海外のパートナーが必要であり、我々は日本を含め世界中で、パートナーシップの構築に励んでいます。

オーストラリア2020年サミット」の席で、ケビン・ラッド前首相はこのように述べました。

「我々は、クリエイティブで想像力に富む国作りを目指すべきだ。なぜなら21世紀の経済においては、そうした能力が主に必要とされるからである。」

オーストラリア政府が今後、舞台芸術のエリート養成機関として我々を支援していくというビジョンを掲げているのを、我々は認識しています。21世紀の目標にかなった独自の組織として、国内外のアート・エンタテインメント業界におけるイノベーターとしての際立った存在感を今後も維持していくというのが、我々のこれからの課題になると思います。

ご静聴有難うございました。