Australian Embassy Tokyo
在日オーストラリア大使館

ブルース・ミラー駐日オーストラリア大使 りそなアジア・オセアニア財団 セミナー講演「日豪パートナーシップの更なる深化に向けて」

2012年11月22日
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皆様、こんにちは。ただいまご紹介にあずかりました駐日オーストラリア大使のブルース・ミラーです。

まずはじめに、このような機会をご提供くださいました、りそなアジア・オセアニア財団の野村理事長、またご関係者の皆様にお礼を申し上げたいと思います。

本日は、関西地域を拠点にご活躍のビジネスリーダーの方々をはじめとする多くの皆様の前で、日豪関係についてお話することができますことを、大変嬉しく思っております。

私ごとになりますが、関西は私が30数年前に留学生として初めて日本に来た時に暮らした、個人的に強い愛着のある地域です。ですので、今回このような形で、再びこちらに訪問することができたことを、とても喜ばしく感じております。

さて、本日会場にいらっしゃる皆様の中には、既にご存知の方も多くおられることと思いますが、わが国のギラード政権は、先月末、『アジアの世紀におけるオーストラリア白書』を発表いたしました。

アジア地域は20世紀後半から「アジアの奇跡」として知られる極めて高い経済成長を遂げ、今世紀に入ってからも中国やインドなどの新興国を中心に更なる成長を続けています。成長の停滞を示唆するような新たな要因を懸念する声も一部で聞かれますが、巨大な人口を抱え、今後世界の中産階級の大半を擁することになるアジア地域が、21世紀の世界経済の中核を担うことは間違いなく、むしろそのスピードは益々早まっています。既に多くの人が指摘している通り、今世紀、まさに『アジアの世紀』と呼ぶに相応しい時代が幕を開けたのです。

このような背景のもと、アジアに位置する日本と、アジア太平洋国家として長年にわたりこの地域に深く関わってきたわが国には、多大な機会がもたらされると言えます。

しかし、これまでの歴史が証明しているように、経済的重要性の変遷は、戦略的重要性の変化を意味します。言い換えれば、今後、我々の前にもたらされる機会を最大限に活用していくためには、浮上する戦略的課題に対処するための明確な計画が必要となります。

本日は「日豪パートナーシップの更なる進化に向けて」というお題をいただいておりますので、現在の日豪関係の現状と今後の展望について、特に経済的な側面を中心にお話するとともに、アジアの世紀がもたらす機会を取り込むために、両国が今後、共に歩むべき道程について、私の考えを述べさせていただきたいと思います。

 

日豪関係の足跡

それでは、まず始めに、日豪の貿易・経済関係の足跡についてたどっていきたいと思います。

今年は、両国の二国間関係において大変に重要な役割を果たしてきた日豪・豪日両経済委員会の設立から50年目という節目の年にあたります。これを受け、先月初めにシドニーで開催された、記念すべき第50回目の経済合同委員会会議では、両国の出席者が、過去半世紀に及ぶ協力の歩みを振り返り、祝福しあうと共に、今後、両国が実現しうるものについて協議しました。

日豪のパートナーシップは、これまで、政権の交代や景気の循環、様々な状況や出来事に関わらず持続してきました。そして、日豪の両国民は、今日、それをある意味当然のことのように受け止めているのではないでしょうか。

しかし、太平洋戦争で悲しい過去を交えた両国が、価値ある重要な二国間関係の構築に向け、共に踏み出すまでには、勇気やビジョン、力強いリーダーシップが必要とされました。

現在の二国間貿易関係の基礎をなしているのは、1957年に調印された日豪通商協定ですが、当時、オーストラリア国内では、この協定の締結に向けた動きに対し、少なからずの懸念が表明されていました。

けれども、時のメンジース政権は、両国の相互互恵性や補完性に対する見通しを失うことなく、日本に最恵国待遇を供与する形で、本協定の締結を実現させたのです。ここには、当時のわが国の指導者の中に既に、オーストラリアの未来の繁栄が、アジア地域の運命とともにあるという認識があったからに他なりません。

わが国が、今から半世紀以上も前にこのようなビジョンを有し、正しい行動を取ったことは、特筆すべきことだといえます。と同時に、先見の明を持って日豪の関係構築に尽力した両国の先駆者の方々に対して、改めて敬意を表したいと思います。

日豪・豪日両経済委員会が発足した1963年当時、日本は、記録的な高度経済成長の真っ只中にありました。わが国は、産業の発展に欠かすことのできない、石炭や鉄鉱石などの天然資源の輸出を通じて、日本の経済成長を支えてきました。そして、両委員会の発足からわずか5年後、日本は、早くも英国を追い抜いて、わが国最大の輸出市場となりました。

その後1970年代から80年代の安定成長期を経て、日本は、世界でも有数の工業大国へと変貌を遂げましたが、これと比例するように、1970年代半ばからの10年間で、日豪の貿易はほぼ4倍近くも拡大しました。

日本はまた、このような経済発展の過程で、地域における経済成長の推進役を果たしてきました。実際、現在のアジアの台頭は、1950年代における日本の勃興を起源とするものです。

そして、この発展の過程では、わが国もまた日本から多大な恩恵を受けてきました。

わが国の消費者は、低価格でありながら品質の高い日本製の消費財がもたらす利益を享受してきました。そして、オーストラリアを代表する産業の多くが、日本からの需要や投資、日本企業とのパートナーシップにより発展してきたのです。

 

貿易・投資関係

今日、貿易や投資は両国の関係が相互補完的な、ウィン・ウィンの関係であることを示す最たる例のひとつと言えます。

わが国の対日輸出は、引き続き拡大しており、2001年に240億豪ドルであった輸出額は、昨年500億豪ドルを超え、過去10年間で倍増しました。

2009年には、中国がとって代わりましたが、日本は、40年近くにわたり、オーストラリアの最大輸出市場でした。経済の規模という点だけを見れば、今世紀、確かに、中国が上回りましたが、今後も、日本が地域において最も豊かな先進国のひとつであり続けることは間違いありません。そして、日本がわが国の輸出にとって、これからも巨大で高度化された、信頼のおける市場であり続ける点もまた、この先、変わることはないでしょう。

両国の投資関係も、また、引き続き堅調な伸びを見せています。昨年末の段階で、日本からの直接対豪投資総額は1,230億ドルを越えており、日本はアメリカ、イギリスに続いて世界第3位の対豪投資国となっています。

 

日豪のビジネス・パートナーシップ

日本からの対豪投資に関わる最近の例を挙げますと、今年の5月半ば、日本最大のエネルギー開発企業である国際石油開発帝石(INPEX)が、西オーストラリア州の沖合いで天然ガス(LNG) を採掘する「イクシス・プロジェクト」の着工を発表しました。INPEXはこのプロジェクトに対し、日本円にしておよそ1兆9千億円にのぼる巨額の投資を表明しており、これは、日本の一民間企業がわが国で行う最大規模の投資になります。

INPEXはまた、これにより、事業権益の7割を保有し、日本企業で初めて操業主体としてガス田開発事業を推進していくことになります。2016年末の稼動開始により、日本の年間輸入量の1割強に相当する、年間840万トンのLNGが生産される予定で、そのうちの7割が日本へ供給されることが決まっています。

LNGについては、燃焼時の汚染物質や温室効果ガスの排出量が、石炭や石油に比べ比較的少なく、環境負荷が低いとされることから、近年では、代替エネルギーのひとつとして、その需要が世界的に高まっています。事実、これを裏付けるように、今会計年度のわが国のLNG輸出量は前年比で21パーセントも増加すると見込まれています。

現在、オーストラリア国内で稼働中のLNG事業は3拠点のみにとどまりますが、この拡大する需要に対応するため、オーストラリア国内では今申し上げた「イクシス・プロジェクト」のような、今後数年以内に稼働を開始する巨大LNGプラントの建設が相次いでいます。

現在進行中の事業計画を元にした、オーストラリア資源・エネルギー経済局(BREE)の予想では、2020年までに、わが国は中東のカタールを抜いて、世界最大のLNG輸出国になるとされています。

天然資源については、この他、レアアースなどの新分野においても、両国間の戦略的提携関係が既に生まれています。昨年3月末に、双日株式会社および天然資源に関わる多様な事業を展開する日本の独立行政法人JOGMECと提携を結んだ、わが国のライナス・コーポレーションは、むこう10年間にわたり、日本の消費量の約3割に相当する年間8, 500トン以上のレアアース製品を長期供給することを約束しています。

現在、天然資源を国外に輸出できる国のひとつとして、オーストラリアに対する海外からの需要や期待が高まっていますが、わが国が、今後も日本にとって安定した資源供給国であり続ける努力を惜しむことはありません。

この他、両国の企業によるパートナーシップは、食料や食品など、近年、資源以外の分野でも数多く誕生しています。

今年6月には、三菱商事が、わが国最大の酪農協同組合と手を組み、タスマニア州に乳製品加工会社を設立することを発表しました。同社によると、新興国における人口増加や生活水準の向上に伴う、乳製品需要の急速な高まりが背景にあり、今後は、タスマニア州の工場から、アジア地域を中心とした特定市場向けに高品質な乳製品を安定的に供給できるということです。

このような日豪のビジネス・パートナーシップの動きは、現在、第三国におけるインフラ整備や環境などの新たな分野における官民の協力にも及んでいます。

インフラ整備協力については、両国の経済界が「日豪官民パートナーシップ」の下、2010年にインドへ、また2011年にはインドネシアへ合同ミッションを派遣し、これらの地域におけるインフラ・ビジネスでの協業の可能性について調査を実施しました。両国が連携して、アジア地域のインフラ開発を援助することは、両国にビジネス機会を提供するだけでなく、地域におけるキャパシティの増強にもつながります。

また、環境面では、両国の資源関係を背景に、排出された二酸化炭素を回収し、地中や海洋などに溜め込むCCSと呼ばれるクリーンエネルギー技術開発の分野でも、日豪の官民連携が進んでいます。

ここまで、わが国と日本のビジネス・パートナーシップについて具体例を挙げながらご紹介しましたが、近年、日豪ビジネスの最前線において、二国間のみならず、拡大するアジア経済をも視野に入れた活発な二国間協力や連携が進んでいることがお分かりいただけたと思います。

今後、アジア地域の経済発展が勢いを増すにつれ、金融市場の適切な統合が促され、国境を越えた資金の移動が加速することにより、投資や技術革新、雇用の拡大が見込まれます。また、グローバル、あるいは地域的なバリューチェーンが、アジア地域全体に広がり、奥行きを広げるため、大企業のみならず中小規模の企業に対しても多大な機会が創出されることになります。

オーストラリア政府としては、既に様々な産業分野で見られる、多様な規模の日豪のビジネス連携の流れを、今後さらに促進し、一層強化していくためにも、日本政府と共に、必要な措置を講じていくことが不可欠だと考えています。

 

堅調かつ安定的なオーストラリア経済

しかし、そのような必要な措置について具体的なお話をする前に、ここでわが国の近年の経済状況について、少しだけ詳しくご説明させていただきたいと思います。

既に、ご存知の方も多いかと思いますが、2008年の世界金融危機の影響で、世界各国の経済が失速した際、わが国は、危機の影響を比較的軽く抑えて不況の波を乗り切った、数少ない国のひとつでした。

ご覧頂いているグラフは、2008年6月から2012年3月までの各国あるいは地域の累積GDP成長率を表したものですが、ご確認いただけるように、世界金融危機以降、わが国は、ユーロ圏や日本、アメリカなど、他の先進国をはるかにしのぐ経済成長を達成しています。この間9%もの経済成長を達成したことは、厳しい環境下においても、わが国の経済がいかに堅調であったかを示しているといえます。

先月発表されたIMFの世界経済見通しは、今年のわが国の経済成長率を3.3%であるとしており、これは先進諸国の中で、一番高い数値となっています。

では、経済の健全性を示す重要な指標のひとつである失業率についてはどうでしょうか?

ご覧の通り、金融危機後に少し高まりましたが、現在は5%で推移しており、G7諸国平均などと比べても低水準にあることが分かります。この水準であれば、ほぼ完全雇用に近い状況と考えられ、この面からも、わが国の経済状況は他の先進諸国と比較して、良好な状況にあると言うことができます。

そして、次に注目していただきたいのが、わが国の純政府債務と財政収支のレベルです。

現在、ヨーロッパの政府債務問題が注目を浴びていますが、こちらのグラフが示すように、オーストラリアの純債務は他の先進国よりも、非常に低く抑えられており、財務の健全性の高さを示すものとなっています。

財政収支に関しても、同様のことが言えます。2008年の世界金融危機の際には、景気を刺激するため、積極的な財政出動を行いましたが、その後、厳格な財政規律を維持しながら、わが国は素早い財政の健全化を目指してきました。プライマリーバランスの黒字化は多くの国にとって非常に難しいことのようですが、わが国は、今年度の黒字回復を機に、今後、プラスで推移を続けていくと予測されています。

 

オーストラリア経済の成功要因

このように、ここ数年の趨勢(すうせい)と今後の予測を追ってみただけでも、今日のオーストラリア経済の強さや安定性といったものがお分かりいただけたのではないかと思います。

では、その背景には、一体どのような要因があるのでしょうか。

オーストラリアが先進諸国の中でも比較的高い経済成長を維持している理由として、よく挙げられるのが豊富な天然資源ですが、わが国の今日の経済的繁栄を支える要因は、決してそれだけではありません。

わが国は、これまで、その時々の課題に立ち向かうべく、国内経済を改革してきました。そして、このような政策決定の積み重ねこそが、今日の経済的成功を導き出した要因のひとつとなっているのです。

1980年代、当時のボブ・ホーク首相とポール・キーティング財務大臣は、将来を見据え、国内経済の抜本的な大転換に踏み切りました。両氏の下、オーストラリア政府は、国際的競争力の強化を目指して、変動為替相場制の導入や金融市場の自由化、関税の引き下げなど、一連の改革を断行しました。

これらの改革は広範囲におよび、どの分野にも特別待遇や例外扱いが適用されるものではありませんでした。現在、日本で貿易改革が議論されているように、これらの決断については、当時オーストラリア国内でも白熱の議論が交わされました。実際、関税の引き下げなどによる安価な輸入品の流入により、オーストラリア経済が壊滅するのではないかと危ぶむ声も多くありました。

一部の企業や農家の中には、厳しい国際競争にさらされた結果、変革を余儀なくされ、転業するものも現れました。しかし、ほとんどの分野で、企業は新しい環境に順応し、より付加価値の高い商品を生み出したり、海外を中心とした新市場を目指すなどして、新たな活路を見出すことに成功しました。

こうした一連の構造改革の実行は、わが国の産業を活性化させ、経済体質の強化を促しました。オーストラリアはこうして、自信を持ってアジアに関与し、1980年代、90年代のアジアの成長を取り込むことができたばかりか、その後のアジア通貨危機や世界金融危機を乗り越え、他国を支える役割をも果たすことができたのです。

 

アジアの世紀

冒頭で私は、今世紀の到来と共に「アジアの世紀」が幕を開けたと申し上げました。現在、世界経済の軸足がアジアへと移行する中、我々の住む地域に人口と経済をめぐる大きな変化が訪れ始めています。

アジア開発銀行の試算では、現在の趨勢が続く場合、2050年までにアジアでは、30億人の人々が中産階級の仲間入りを果たすとされています。また、この年までに、世界の金融資産の45パーセントがアジアで保有されるという報告も出ています。

これに伴い、アジアは今後、世界最大の製品やサービスの製造拠点として、またその一大消費地域として、世界経済の中核を成していくことになります。

このような世界経済のパワーバランスの変化は、本日、既に何度か申し上げたように、オーストラリアにも日本にも極めて大きな機会をもたらすものですが、同時に、食料の安全保障や生産性の向上、環境の問題など様々な課題を突きつけるものでもあります。従って、このような変化を的確に理解し、適切な対応策を考案することは急務と言えます。

わが国で『アジアの世紀』白書が策定されたのは、まさにこのために他なりません。この白書は、アジア地域が変化する中で、わが国が成功を収めることができるよう、2025年までに達成すべき目標を定め、これから進むべきロードマップを示しています。

具体的には、「経済の強化」、「能力の構築」、「成長市場との結びつき」、「持続可能な安全保障の確保」、「より深く広い関係の構築」という5つの分野における課題を包括的に検討し、政府が取るべき行動を説明するとともに、企業やコミュニティーにも、それぞれの役割を果たすことを求めています。

健全な制度や熟練した労働力に恵まれたわが国の経済は、生産的、開放的で回復力があり、この点で、オーストラリアは既に有利な立場にあると言えます。しかし、こうした強さを維持するためには、現状にあぐらをかくのではなく、先ほど申し上げたホーク、キーティング政権が手がけた改革を引き続き実施し、次世代の生産性に関する問題に取り組んでいく必要があります。

そのためには、「教育や職業訓練を通じ、アジアの世紀に欠かせない技術を学ぶ機会を国民に与える」、「インフラの不備を解消する」、「税制上の優遇措置を整える」、「限りある資源を持続的かつ効率的に活用する」、「科学分野の研究とイノベーションを推進する」などの具体的な政策の実施が重要であり、これらは全て白書に言及されています。

同時に、こうした努力は国内のみにとどまるものではありません。白書は、地域諸国との関係をより強化し、地域に一層の安全をもたらすと共に、モノや資本、人々、アイディアの行き来を促進するため、わが国がより多くを成し遂げることができると指摘しています。現在、オーストラリアは、東アジアサミットやAPEC、G20といった場で、日本を含め様々な国と協力して行動していますが、こうした活動は、他国とパートナーシップを構築する上での基盤となるものであり、外交上のネットワークや自由貿易協定を通じた二国間イニシアチブを発揮していく上でも役立ちます。

白書が打ち出すこのようなビジョンに基づき、わが国の国民もまた、アジアにさらに精通し、対応できるよう、アジアの実用的な知識を身につけることが求められます。オーストラリア政府はアジア諸国へ留学するわが国の学生の増加に向け、今後5年間で、12,000人を対象にオーストラリア奨学金を提供する決定を行いました。そして、日本語が優先的に学ぶべき4つの外国語の1つに指定されたことで、わが国における日本語教育はこれから、さらに強化されることになります。白書はまた、アジア地域における人的交流がもたらす社会的・文化的な恩恵についても指摘しており、今後、この分野での取り組みも一層強化されることになります。

現在、日本もまた、アジアにおける新しい動きがもたらす課題に、自国経済を適用させようと努めています。輸出産業は台頭するアジアの国々といかに競争すべきかを学んでおり、日本政府は国内経済で競争力を欠いた部門に、再度、活力を与える方策を模索しています。

世界経済の中心がアジア地域にシフトしていく中、主要な貿易国家である日豪両国は、公正なルールに基づく国際貿易体制の強化に向け、共に行動を起こす必要があるといえます。

 

日豪経済連携協定 (EPA/FTA)

わが国と日本は、2007年に、日豪経済連携協定(EPA/FTA) 交渉を開始しました。

本協定は、両国間に存在する経済の相互補完性を活かして、双方の可能性の枠を今後さらに広げていくために、絶対に欠かせないものです。そのためにも、日豪両政府は、既に5年も続けている交渉の締結に向け、迅速に行動することが必要です。

正直なことを申し上げれば、日豪貿易は、現在、わが国が他の主要相手国と行うほど急速に伸びてはいません。ですから、我々は両国の経済関係が、これまでと同じレベルで拡大を続けると当然視すべきではないのです。

今後、本協定の締結により、障壁が削減された場合、日豪サービス貿易の拡大が期待されます。また、牛肉や小麦、乳製品をはじめ、既に盛んな農産品の輸出も、より一層増えると見込まれます。

しかしながら、いまだに交渉すべきものがいくつかある点は否めず、農業分野は、ご存知の通り、両国間に横たわる主要な交渉課題のひとつです。

経済連携協定は、日本の食料安全保障を強固にするものです。例えば、本協定の締結により、わが国の農業や食品加工施設に対する日本企業の投資が、さらに促されることになるでしょう。そして、こうした日本企業は、国内の高い水準に見合った健康的で安全な食品を、日本市場に向け逆輸出することで、より多くの利益を上げられるようになります。また、日本政府や国内の消費者も、コスト削減による恩恵を直接享受できるようになります。

さらに重要なのは、正しい政策が実行に移されれば、日本の農業の強化にもつながるということです。日本が貿易の自由化、農業改革といった野心的な道に一歩踏み出せば、日本の農業は、長期的により良い方向へ向かうと思います。というのも、日本の製造業がかつて海外での競争にさらされた結果、国際競争力と生産性を高め、世界的な地位を確立したのと同じ原理が働くからです。

ここで、明言しておきたいのは、日本の農業の衰退はわが国を含め、どの国のためにもならないということです。経済連携協定を通じて、こうした事態が起きることはありえません。事実、わが国の農業輸出量は、既に限界に近いところまできています。

国連食糧農業機関 (FAO)は、2050年までに93億人に到達するとされる世界の人口に食料を届けるために、食料生産を70パーセント増やす必要性を説いています。これは決して小さな問題でも、途上国のみに当てはまる問題でもなく、我々が直面している最大規模の世界的課題といえます。

この問題で、我々両国の農家の果たす役割が、過小評価されるべきではありません。日本とオーストラリアの農家は生産を増やし、効率と持続性を高め、国内外を問わず、必要とされる場所へ、安くて安全な食料を届ける必要があるのです。

現在、日本政府が農業貿易における自らの立場、および農業改革や貿易自由化を行うための措置の導入を検討しているのは、自然なことです。

このような背景から、9月末に、ニューヨークで、野田首相とわが国のギラード首相が会談をした際、両国の経済連携協定の早期締結を目指すことが再確認されたことは、非常に喜ばしいことです。

わが国は、このような動きを歓迎すると共に、包括的な日豪経済連携協定の早期締結を目指して、今後も交渉の加速化を求めて行きたいと思います。

 

環太平洋経済連携協定(TPP)

経済連携については、もう一点ほど、申し上げておきたいことがあります。

わが国は、TPPとして知られる環太平洋連携協定の交渉参加国でもあります。TPPは、貿易・投資などの自由化を通じて経済統合を図る21世紀の協定であり、長期的にはアジア太平洋地域全体を包括する自由貿易圏(FTAAP)の実現を視野に入れています。

市場の開放と保護主義の抑制は、雇用を創出し、地域の繁栄を増進させるものです。日本がTPPに参加すれば、欧州連合より約40パーセント大きな規模の地域市場が創出され、日本及び関係国は成長面で多大な利益を享受できます。

しかしもちろん、TPPに参加すべきか否かの最終的な判断は日本が下すべきであり、我々は、日本が自国の国益にとって最良の決断をされるよう、引き続き見守っていく所存です。

 

戦略的パートナーシップの重要性

それでは最後に、これまでにお話した経済的なつながりと同様に、日豪関係における重要な柱をなす日豪の戦略面でのパートナーシップについて少しだけ簡単に述べさせていただきたいと思います。

日豪両国は、これまで、共にアメリカの主要な同盟国として、民主主義や法の支配、自由主義経済といった価値観を共有しながら、アジア太平洋地域の繁栄や安定、世界の平和のために尽力してきました。

過去50年以上におよぶ両国の経済的な隆盛は、この地域における戦略面での長期的な安定があったからに他なりません。

今後、世界経済におけるパワーバランスの変化が、この地域の地政学や戦略的環境に及ぼしうる影響を考えると、域内の安定を維持し、その強化に努めることは極めて不可欠です。こうした点から、日豪の戦略的パートナーシップが今ほど重要であったことはないといえるでしょう。

両国は2007年に、安全保障協力に関する日豪共同宣言に署名しました。これに基づき、この年、最初の日豪外務防衛閣僚協議−いわゆる「2プラス2」が開催されました。現在、わが国は、日本が米国以外で、こうした協議を定期的に開催している唯一の国となっています。

同協議の成果として、これまでに、災害救助や平和維持活動でより効果的な協力を可能にする「日豪物品役務相互提供協定(ACSA)」や、二国間の情報共有および協力を強化するための「日豪情報保護協定」への署名がなされています。

実務面では、オーストラリア国防軍と日本の自衛隊はこれまで、イラクでの活動やパキスタンでの災害救助、東ティモールの再建において行動を共にしてきました。最近では、国連の南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に派遣されている自衛隊員と国防軍要員との間で、平和維持活動における連携強化が進んでいます。

オーストラリアは、先頃開催された国連総会の場で、安全保障理事会の非常任理事国に選出され、来年の1月から2年間の任期を務めることが決まりました。今後は、紛争解決や核軍縮・核不拡散などの世界的な重要課題の解決に向けた国際的な取り組みに対し、安保理メンバー国のひとつとしても、より一層建設的に関与していくことが可能となります。

話しを再び日豪間の戦略的関係に戻しますが、両国は、昨年3月の東日本大震災後、ここ日本での災害救助活動でも緊密に協力し合いました。

既にご存知の方も多いと思いますが、震災発生直後、わが国は、C-17輸送機3機を日本に振り向け、500トン以上にのぼる救援物資や機材、食料、人員の輸送を行いました。また、津波で甚大な被害を被った被災地のひとつである、宮城県の南三陸町では、わが国から派遣された総勢76名からなる捜索救助隊が捜索活動に携わりました。

こうした協力は、日豪関係の実情を非常によく表していると思います。と同時に、両国による連携が、戦略的な枠組みを基盤として、このような形で結実したことは、双方がこれまでに築き上げてきた友情や信頼関係の奥深さを表していると言えます。

わが国は、これらの初動対応に加え、南三陸町の中学生によるオーストラリアへの研修旅行の実施や、放射能の影響により地元からの移転を余儀なくされた福島県飯舘村の幼稚園児が通う仮設幼稚園の園庭整備など、長期的な視点に基づく様々な復興支援活動を継続しております。

わが国の企業や機関、個人もまた独自の貢献を行なっており、来年1月末には、南三陸町に、オーストラリア・ニュージーランド銀行が建設を進めている、生涯教育センターが完成する予定です。わが国は今後も、日本への復興支援を継続し、これからもできる限りのことをしていく決意でいます。

私は、両国がこれまで多面的な分野で培ってきた友情や深い信頼関係を礎として、より一層緊密に協力することで、今後も、双方にとってはもちろん、アジア太平洋地域、さらにはより広い地域に多くの利益をもたらすことができると信じています。

 

終わりに

本日は、オーストラリアと日本が共に歩んできた過去50年余りの足跡をたどりながら、現在の日豪関係および今後の展望、そして「アジアの世紀」において、我々が共に目指すべき方向ついてお話しいたしました。

アジアの急速な経済発展を背景に、今後、我々を取り巻く状況は新たな局面を迎えますが、両国が長きにわたって育ててきたパートナーシップを強化し、「アジアの世紀」がもたらす成長を取り込む機会を共に最大化する努力を怠らなければ、我々の行く手には、豊かで発展的な未来が開けていくことでしょう。

かつて両国の先駆者がそうしてきたように、今こそ、我々もまた勇気とビジョンをもって新たな時代を切り開いていくべき時が来ているといえます。日豪パートナーシップのさらなる進化に向け、将来共により多くを実現できることを期待しています。

最後になりますが、この場をお借りして、本日の講演の機会を提供してくださった野村理事長、またご関係者の皆様に改めてお礼申し上げます。

長い間のご清聴、どうもありがとうございました。