Australian Embassy Tokyo
在日オーストラリア大使館

ジェンダー平等シンポジウム コンベンション&エキシビションセンター、ブリスベン

ペニー・ウォン

オーストラリア政府外務大臣

2023年7月28日

はじめに本日の会場となっている、この地の伝統的所有者であるテゥルブル、ヤゲラ部族の方々を称えるとともに、過去、現在、将来における長老の皆さまに敬意を表します。

また、グダンジ−ワカヤ部族の出身であり、本日のイベントのデザイン画を担当したアーティストのライア・ダンク氏を称え、謝意をお伝えします。ダンク氏は、自らの語りのことをナデウナ(Nardurna)と呼んでいます。これは彼女の部族の伝統的な言葉で、女性のことを指します。

会場内には、彼女の‘Imagine’と題された作品についてのくわしい説明があります。ダンク氏は、作品のテーマをこう語っています。

「逆境の世界の中、多様なコミュニティの人々が集まっています。人々は、女性や若者の力を認めています。すべての人々は団結し、楽観的な未来を作り上げます。違いを乗り越え、いろいろな世代の人々を、彼らの確固たる決意によって鼓舞します。」

これはFIFA女子ワールドカップの意味や可能性について、力強く、賢明な形で表現した言葉ともいえます。

よりよい未来のための結束と楽観主義という同様の精神を持って、オーストラリア国民は間もなく、憲法において、アボリジナル、トレス海峡島嶼民の存在をついに認めるための国民投票に参加する機会を得ます。

賛成の票はアボリジナル、トレス海峡島嶼民の存在を認め、彼らの声を聞くとともに、彼らによりよい成果をもたらすためのものです。

すべてのオーストラリア国民が完全な形で参加し、成功を収める時にこそ、私たちはより強く、より団結します。

このジェンダー平等シンポジウムを主催した理由のひとつは、この点にあります。

まずは、素晴らしい国際イベントを祝福したいと思います。

このFIFA女子ワールドカップは、私たちはいかに国際社会、人間社会としてひとつになるのかを思い起させます。スポーツ、特に何百万という人々がプレーし、観戦する世界的なスポーツであるサッカーは、私たちを美しい多様性の下で団結させてくれます。あたかも人間の万華鏡のようにです。

次にこの機会を通じて、女性や女子の参加への支援が提供される時に、私たちのコミュニティにもたらされる利益や、こうした包摂性を強く訴える上での私たちの責任について考えてみたいと思います。

女子サッカーの躍進により、サッカーの世界は大いに豊かさを増しています。

これは、あらゆる分野にいえることです。

スポーツのほか、学界やビジネスにも当てはまります。

また、政府においてもそうです。本日のイベントを、わが国のアニカ・ウェルズ スポーツ大臣と共同で主催していることを光栄に思います。

同僚でよき友人でもあるケイティ・ガラハー予算・女性問題担当大臣が、同席しているのも同様です。

太平洋ファミリーであるフィジーやキリバス、パプアニューギニア、マーシャル諸島、サモア、ソロモン諸島、トンガ、バヌアツからのご来賓の皆さまを歓迎申し上げます。

さらに遠くからは、カリブ海を代表するジャマイカ、日本、英国、ナイジェリアからもお見え下さっています。これを言うのはつらい気がしますが、ナイジェリアには昨夜の勝利を祝福いたします。

オーストラリアはこの歴史的イベントを、ニュージーランドと共同で開催していることを嬉しく思います。これまでで最大規模の女子ワールドカップには、のべ32か国が参加しています。

このうちの8か国は初参加です。フィリピンにアイルランド、ザンビア、ハイチ、ベトナム、ポルトガル、パナマ、モロッコと、こうした国々のリストは世界にまたがります。

また観客数も、記録を更新し続けています。

これは驚くことではありません。世界最高の選手を絶頂期に見られる機会なのですから。

しかしながら、女子スポーツが、昨夜のような観客数を動員することはないだろうと言われていたのは、それほど昔のことではありません。

オーストラリアの女性選手は長いこと、草の根レベルでは活躍していましたが、エリート女性選手が多くのスポーツで活躍するのが受け入れられるまでに、この国では長い時間がかかりました。

ブリスベンでは1921年、オーストラリアで最初の女子サッカーの試合が公に行われており、ここは私たちが集まるのにふさわしい場所といえます。

しかしサッカー連盟はその数年後、女子選手が公式の競技場、あるいは観衆の前でプレーするのを禁止しました。

女性の生殖機能にまつわる懸念というのが、表向きの理由でした。

当時から見れば、これまでに大きな変化がありました。

オーストラリアでは世界の他の場所と同じように、女性はいまでは、国民的場面において主導的な役割を果たすことが可能です。

スポーツであっても、他の営みにおいてもそうです。

これは偶然ではありません。かつての世代の女性たちが懸命に戦って勝ち取った権利を力強く、はっきりした形で行使したために実現したのです。

女性たちの功績に歯止めをかけていたのは、彼女たちの能力や志ではなかったのです。

成功の場が与えられた時、彼女たちはこれを活用し、後に続く者たちにさらなる活躍の場を与えています。

この過程において、自らのコミュニティや国を豊かにしているのです。

ジェンダー平等が大切なのはこのためです。

私たち全員に、恩恵が行き渡ります。

これは20世紀の教訓のひとつです。

ジェンダー平等は、健康や経済的繁栄といった‘深刻な’問題と比べて、先延ばしや後回しにしてよい‘実現が望ましい’目標では決してありません。

これらのほかの目標を達成する上で、欠かせない要件です。

マッキンゼー・グローバル・インスティチュートは2015年、賃金労働を含む経済的参加におけるジェンダー格差を解消することで、世界のGDPはおよそ12−28兆ドルほど増加すると予測しました。

世界経済フォーラムの調査によると、「健康や教育、経済、政治」におけるジェンダー格差は、より低い生産性と密接な相関関係が見られます。

成功のためのサポートを受ける女性たちは、自らの周囲における健康や教育、経済や政治の力を高めてくれます。

国際社会として私たちは、2015年によりよい世界のための共有ビジョンである国連のSDGs(持続可能な開発目標)に合意した際、この事実を認識しました。

この目標は、世界のすべての人々のための持続可能な開発に向けた青写真です。

女性や女子を明確に含んだ青写真です。「SDGs目標5」は、ジェンダー平等の実現を掲げています。

こうした点を背景に、ジェンダー平等は優先順位を下げるべきであるとする国際社会のアクターが増えている点を、オーストラリアは深く憂慮しています。

あるいは、私たちは平等か繁栄かのいずれかを選ばなくてはならないと、彼らは主張しています。

グローバル発展イニシアチブにおけるジェンダー平等の優先順位の引き下げは、発展にとってよいものではありません。

どのような証拠を見ても、こうしたトレードオフの考え方は間違っています。

より深い戦略的な問題が存在する点について、私は懸念しています。

ジェンダー平等と女性や女子の人権を、分断のために使っている人々がいます。

多国間主義のメリットに疑念を生じさせる、持続的な開発のための2030アジェンダが約束した、よりよい世界のためのコミットメントの共有を後退させるために、彼らはこれらを使っています。

国連の人口開発委員会(CPD)は4月、人口や教育、持続可能な開発における成果文書を採択できませんでした。ジェンダー平等について長年受け入れられてきた概念を拒否する、ロシアやイランなどの国が反対したためです。

SDGsの糸をほどく、あるいは巻き戻すわけにはいきません。これらの目標は、包摂的で公正な世界を作る道のりにおいて、互いに密接に絡み合っています。

SDGsはまた、共有されたコミットメントです。多くの国々からなる国際社会における、私たちのパートナー国に対する約束です。

第二次世界大戦後にできたルールや規範、こうした規範は私たちの繁栄や安全を保証するものですが、これらは人間の平等や尊厳に関する原則を確立させました。そしてこうした原則は、今日まで続いています。

しかし国家や人々には同時に、繁栄への道のりが必要です。雇用の安全や健康への道筋が欠かせません。

SDGsはこうした全体像の完成に向けた、真に世界規模のコミットメントでした。これらは社会、経済、環境を網羅しています。

SDGsには私たちの社会や経済、環境が互いにつながっており、人権やジェンダー平等に支えられている点が認識されています。

オーストラリア政府は、SDGsのすべての目標の実現に役割を果たす決意でいます。

平和や安定、繁栄など、この地域で私たちが力を入れる野心的な目標は、ジェンダー平等で引き続き進展があった場合にのみ、実現が可能になります。

世界中の女性たちは常に、市民社会が機能するような環境の実現を求め、不公平な扱いに反対の声を上げてきました。社会に完全な形で参加する権利を行使するためです。

彼女たちの貢献により、私たちの社会はより豊かになっています。

女性が完全な社会参加を果たした場合、社会や経済、民主主義にプラスに作用することは、研究で十分明らかになっています。

今回のワールドカップは、女性が実現できることを改めて教えてくれます。また、行動への呼びかけでもあります。

タリバン政権の復活以来、本日この場に来てくれているアフガニスタンの女性チームは、ここオーストラリアに拠点を置いています。

彼女たちがいまとは違った環境でここにいて、国の代表としてワールドカップに参加できていれば、本当によかったのですが。

彼女たちの存在は、これからなすべきことがいかに多いのかを思い起させます。

進歩には常に抵抗が伴うこと、私たちが得たものは、常に守っていかなくてはならないことを思い出させてくれます。

この場にいる皆さんには、より多くのことを行う集団的責任があります。自国だけで実現できる国はありません。

女子ワールドカップの優れた選手たちはよくご存じでしょうが、私たちはチームとして力を合わせれば、成功を手にすることができるのです。