Australian Embassy Tokyo
在日オーストラリア大使館

オーストラリア大使館

在日オーストラリア大使館は、オーストラリア政府の代表として、日本におけるオーストラリアの国益を促進します。オーストラリアの前向きなイメージを広め、日本在住のオーストラリア人に対し、領事関連情報やサービスを提供しています。

大使館へのお問い合わせについては、こちらをご覧ください。
 

ミッションステートメント

オーストラリア政府はオーストラリア及びオーストラリア国民の利益を高めるべく、日本との関係において以下の点に努めるものとする:

  • オーストラリアの繁栄を増進する
  • オーストラリアの安全強化に努める
  • オーストラリア国民の福祉を守る
  • オーストラリアが国際的責任を果たすよう手助けする
  • 現代のオーストラリアを伝える

これらの目的のために、以下の姿勢に重点を置く:

  • 迅速、かつ効果的に業務を行う
  • 日本とのつながりを構築・維持する
  • 健全な判断、常識、高い倫理基準に従う
  • 柔軟で前向きな姿勢を取り入れる
  • 業務において、同僚と効果的な連携を行う
  • 賢く働くと共に、常に改善に努め、効率的な働き方を育む
  • 協力的で、やる気を高めると共に、私生活とのバランスが取れた職場環境を確立する


 

次期駐日オーストラリア大使について

Richard Court リチャード・コート

リチャード・コート氏は、2017年2月に着任した。

同氏は西オーストラリア州の政治家出身で、資源投資戦略コンサルタンツやオーストラリア聖公会パース教区、西オーストラリア州オリンピック・チーム・アピールなど、数多くの公的及び民間組織の要職を務めた。1982年に西オーストラリア州下院議員に当選。1993年から2001年まで、西オーストラリア州首相兼財務大臣を務めた。

2008年、日豪関係の拡大や日豪経済関係の強化、兵庫県と西オーストラリア州交流への貢献により、旭日重光章を受章した。

2003年、西オーストラリア州議会や先住民を始めとする地域社会への奉仕、児童の健康研究や文化遺産分野、及び主要資源プロジェクト交渉を通じた経済発展への貢献が認められ、オーストラリア勲章(一般部門・コンパニオン)を受章した。

西オーストラリア大学より、商学士号取得。

 

Key Staff

Clare Walsh クレア・ウォルシュ

在日オーストラリア大使館の首席公使を務める。オーストラリアで公務に就いてからの16年間、国内外の政策に関する幅広い経験を積んできた。

現職に就く前は、オーストラリアの2014年G20開催に伴う、開発分野での取り組みを外務貿易省で主導してきた。特に2015年以降の開発アジェンダ策定に向けた国際的努力におけるオーストラリアの取り組みや、これに関連する開発のための融資についての国際的議論を主に担当。また同省において、多国間開発銀行等の主要多国間機関や厚生、教育、環境関連の国際基金、他の援助供与国との二国間関係を扱う。他にも、開発関係の非政府組織や、国際開発のためのオーストラリア・ボランティア・プログラムに対する戦略的関与を担当した。

外務貿易省に入省する以前は、気候変動省国際部長を務めており、2009年のコペンハーゲン国連気候変動会議では、上級幹部としてオーストラリア代表団に参加した。

この他、環境省や産業・観光・資源省にも在籍していたことがある。

大学では人文学士号の他、ディプロマ(環境学)や修士号(マネジメント)を取得している。

 

Bassim Blazey バッシム・マイケル・ブレージー

在日オーストラリア大使館にて、2016年1月より2018年末まで政務担当公使を務める。

オーストラリア政府外務貿易省のキャリア官僚として、キャンベラ勤務や海外赴任を通じて、数多くの役職に就いてきた。

キャンベラでは、環境部長(2013-2014)や東南アジア海洋担当部長 (2012-13)、国連安全保障理事会活動タスクフォース代表 (2010-2011)、領事政策部長 (2007-2009) イラク・タスクフォース代表 (2005-2006)などを務めている。

海外赴任は二度経験しており、インドネシアの在ジャカルタ・オーストラリア大使館一等書記官(政治担当)(1995-1998)、ニューヨークのオーストラリア政府国連常駐代表部参事官(2001-2004)をそれぞれ務めた。

インドで育ち、16歳の時に両親と共にオーストラリアに移住している。シドニー大学とオーストラリア国立大学を卒業。既婚で息子が一人いる。

 

 

大使館の敷地と建物について

大使館の敷地の歴史  

在京オーストラリア大使館は、東京都三田にあります。13,000平方メートルの敷地は、徳川時代、将軍が定めた参勤交代の制度に従い、蜂須賀家が所有していたものです。

大使館の初代の建物は、1927年蜂須賀(はちすか)正韶(まさあき)侯爵と息子の正氏(まさうじ)によって建てられました。二人はケンブリッジ大学で学び、イングランドでの生活を想起させる西洋風邸宅を建築することを決めたのです。1952年にオーストラリア政府がこの敷地と屋敷を購入しました。

1988年、敷地の再開発のためこの古い屋敷に替わり、新しい大使館事務棟、大使公邸、館員官舎が建設され1990年に完成しました。

 

Embassy Garden
大使館の初代の建物の一部

 

大使館の設計

オーストラリア大使館の建物は、本国の著名な建築設計会社のデントン・コーカー・マーシャル社の設計によるもので、日本においてオーストラリアのモダンなイメージを表現しようとしています。事務棟、大使公邸、館員官舎を擁し、統一されたモダンなオーストラリアの顔となっています。

建物はE字プランを採用しています。伝統的なスタイルをベースとしていますが、建物の外壁はPVF2コーティングのアルミ仕上げです。

現在の大使館は、元の建物と庭園の要素を保ちつつ、革新的かつ前進的で、極めて重要な日本との関係発展に努力する、オーストラリアの現代的なイメージを反映しています。

 

Embassy Bldg
オーストラリア大使館の建物

 

大使館の庭園

大使館の本館の裏手にある庭園は、数百年の歴史があります。この庭園は、オーストラリア政府が蜂須賀家から購入した土地の一部でした。新しい大使館の施設の中で、旧庭園の面影を残す努力が払われました。

旧庭園は、建物に隣接する上の庭と芝生の先の下の庭の二つに分かれていました。今日では、上の庭のみが大使館の一部となっています。

芝生のエリアは、月見台と呼ばれる築山から見下ろすことが出来ます。この庭園には、桐と鳳凰の装飾がついた江戸時代の石灯籠など、数点の歴史的な石のオブジェがあります。 また、牧川明生作の「太陽」と「月」の二点の庭園彫刻があります。これらは、再開発の際に依頼して作られたものです。旧公邸の車寄せは小さなあずまやとして残され、現在はオーストラリア自然庭園への入り口となっています。

 

オーストラリア自然庭園

オーストラリア自然庭園ができたのは、ある意味自然の流れによるものでした。元々は芝生が生えているだけの土地で、植物もほとんどなく、大使館スタッフや住民もほとんどここに足を運ぶことはありませんでした。そこで、典型的なオーストラリアの風景を作り出すため、オーストラリア産の植物から成る「オーストラリア自然庭園」を造ることが提案されました。

詳細はこちらをご覧下さい。

 

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