オーストラリアでは、「ミールズ・オン・ホイールズ」と呼ばれる高齢者向けの配食サービスがよく知られています。ドリス・テイラーという女性が1954年に始めました。彼女は自分自身も車いすで生活していましたが、その彼女が手押し車に食事を載せて高齢者を訪問し、ちょっとした世話ばなしと共に届けるようになったのです。ボランティアによって運営されているのが特徴で、日本国内でもミールズ・オン・ホイールズの活動は行われており、豪日の団体間の交流も盛んです。
ミールズ・オン・ホイールズ日本協会(MOWJ)を運営する一般社団法人全国食支援活動協力会の専務理事 平野覚治さん、ミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会(MOWSA)CEO シャリン・ブロアさんに、豪日における高齢者向け配食サービスの現状と課題、そしてこれからの地域コミュニティの在り方について聞きました。
一般社団法人全国食支援活動協力会
ミールズ・オン・ホイールズ日本協会(MOWJ)
専務理事 平野覚治さん
1984年から食支援に関する日豪交流がスタート
— まず、全国食支援活動協力会の活動内容について、教えてください。
ミールズ・オン・ホイールズ日本協会(MOWJ)を運営する一般社団法人全国食支援活動協力会は、1985年に行われた日豪シンポジウムをきっかけに設立されました。ここで、独り暮らし高齢者のための配食活動や会食会を運営する連絡組織がつくられ、2017年に現在の一般社団法人となりました。
母体となるのは、1970年代に東京都世田谷区で活動していた「ふきのとう」という団体です。これは、子育てをしていた主婦たちによる子ども会活動をルーツとするボランティア組織で、子どもの遊び場を守る活動からスタートし、地域の高齢者の孤立を防ぐ会食会の活動へと発展していきました。この団体の初代代表だったのが、私の母親である故・平野眞佐子でした。
全国食支援活動協力会とミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会(MOWSA)の交流は、1984年からスタートしました。当時のオーストラリア大使館職員アリソン・ブロンフスキーさんのご家族で、24年間 MOWSAのボランティア活動に携わっていたウドルフさん夫妻が訪日した際に、当時の「老人給食協力会ふきのとう」の会食会を見学したのです。このときの会話で、私の母がMOWSAの活動に関心を持ち、組織としての交流に発展していきます。
母は「この活動をもっと多くの日本人が知るべき」と考え、1985年の日豪シンポジウム開催を推し進めていきます。MOWSAの主要メンバーを招いて行われたこのシンポジウムでは、ミールズ・オン・ホイールズのような配食サービスには、全国規模の連絡会組織が必要だという提案が投げかけられ、これが翌年の全国老人給食連絡協議会(全国食支援活動協力会の前身)発足につながりました。
翌1986年には、第2回シンポジウム「地域の中で老後を」が開催されます。この場に日本国内でミールズ・オン・ホイールズの活動を行う15団体が集まり、全国食支援活動協力会を代表とするMOWJが正式に発足しました。同年、母である平野眞佐子は、豪日交流基金の支援を受け、アデレードにあるMOWSAの活動拠点を視察しています。その後、2001年9月に南オーストラリア州厚生大臣の立ち合いのもと、MOWSAと全国食支援活動協力会の間で、日豪友好協定が結ばれました。
全国食支援活動協力会は、現在も高齢者向けの配食サービス・会食会を行っています。「老人給食協力会ふきのとう」と世田谷区で介護保険サービス等を提供する「社会福祉法人ふきのとうの会」が事業連携し、事務所を共有しながら、日本におけるミールズ・オン・ホイールズの活動を継続しています。現在も70代、80代中心のボランティアスタッフが元気に働いています。
東京都世田谷区にあるMOWJ拠点のボランティアの皆さん
2024年に日豪交流40周年記念イベントを開催
ー 2024年に日豪交流40周年記念イベントを開催した経緯や目的を改めてお聞かせください。
豪日交流基金の支援を受け、2024年に日豪交流40周年記念イベントを開催しました。このときは、日豪交流40周年記念事業として、さまざまなプログラムを実施しています。私にとって、この事業の目的は、「食支援とコミュニティが担う価値」について話し合うことでした。コロナ禍の頃から、MOWSAとはオンラインで連絡を取り合っていました。そこで、40周年を機に食支援を取り巻く日豪双方の課題を持ち寄り、情報共有できればと考えました。主な内容は以下の通りです。
【1】相互理解を深めるための勉強会の実施
MOWSAとMOWJのスタッフが参加する事前の勉強会を通して、互いの国の制度や社会的背景、実際の取り組みについての理解を深めることができました。MOWSAメンバーが来日した際のシンポジウムや円卓会議のテーマの検討もここで行いました。
【2】円卓会議の開催
豪日のミールズ・オン・ホイールズ関係者と政府関係者、支援団体、研究者、企業などが一同に会し、「食支援とコミュニティが担う価値」について話し合いました。会議には、MOWSAの理事らもオンラインで参加したほか、オーストラリアの高齢福祉大臣からビデオメッセージが寄せられました。高齢者福祉における栄養とコミュニケーションの重要性、地域づくり、孤独・孤立対策の機能、ボランティア活動、食品ロス削減、食支援活動の連携など、多様なテーマについて、建設的な話し合いができました。
【3】日豪交流40周年記念シンポジウムの実施
会場およびオンラインの参加者に向けて、日豪における配食サービスの活動や課題について理解を深めるとともに、今後の交流への気運を高める機会になりました。
【4】現地視察による活動団体の交流
来日したMOWSAの主要メンバーが東京都世田谷区と宮城県仙台市にある3つの活動拠点を訪問し、交流を行いました。現場で異なる地域における活動状況について学び合うとともに、配食弁当の試食も行いました。
【5】友好協定の更新
今後における日豪のさらなる協力と互恵的なパートナーシップ形成に向けた友好協定を締結しました。これまでの友好協定を更新する形で、「それぞれの文化的背景を尊重した国際協力を推進していくこと」という一文が加えられました。
東京都世田谷区にある調理拠点
「コミュニティの社会的な価値」の重要性を学んだ
— 平野さんは、MOWSAの活動をどのようにご覧になっていますか?
1985年に当時MOWSA代表だったデレク・ノーブルさんが来日した際、私が送迎車輌の運転を任されたのをよく覚えています。いつの間にかMOWSAとの交流は、40年以上になります。MOWSAの活動拠点を視察したこともありますが、厨房は広く、明るくて、ボランティアの生産性と効率性を促すという点で理想的な環境だと思いました。
何が日本と違うのか調べてみたところ、当時オーストラリアではMOWSAのキッチン用の土地を市が1ドルで49年間貸し付けていることがわかりました。また、市や地元ロータリークラブなどがMOWSAの活動を応援する、南オーストラリア州や連邦政府がMOWSAの価値を認め補助するなど、ボランティアの自主的な活動に対して、社会が認知して応援している状況があることがわかりました。これは、オーストラリア社会の寛容さと価値の規範だと認識しています。
日本ではこうした食支援サービスは、地方自治体と連携して行うのが一般的です。ただ、小さな地方自治体にできる支援は限られており、規制はしても助成は難しいという状況が続いています。州や連邦政府が支援するオーストラリアを参考に、国レベルのサポートが受けられる体制をつくっていきたいと考えています。
— MOWSAとの長い交流の中で学んだことはありますか?
繰り返しになりますが、40年来の交流によって、「コミュニティの社会的な価値」の重要性を双方の活動から学ぶことができました。高齢化が進む日本の社会課題を解決するためにもミールズ・オン・ホイールズの活動、およびボランティアに前向きなオーストラリア人の国民性から学ぶべき点を日本の皆さんにも発信していきたいと考えています。
「食を通じた支援を推進するプラットフォーム」を構築する
— MOWJ(全国食支援活動協力会)の活動において、実現したい夢や目標はありますか?
これまでの実績やネットワークを活かして、地域や業界を超えた「食を通じた支援を推進するプラットフォーム」の構築を推進していきたいと考えています。地域の食支援活動が生み出す価値は、単に高齢者に食事を提供し、栄養状態を改善することに留まりません。孤独や孤立を予防し、生活支援、介護予防の効果を持つなど、多面的な価値を有しています。
ところが、「子ども食堂」が全国的に広がりを見せる一方、高齢者を対象にした配食サービスの多くが、担い手不足や資金不足を課題としており、多くの地域で食支援活動の継続が危ぶまれています。こうした課題に対して、支え合いの活動創出に関わる行政所管、社会福祉協議会、生活支援コーディネーターなどがその力を発揮し、地域の食支援活動を活性化していくことが期待されます。
そのためには、多様な分野からリソースの調達を図っていく必要があります。そこで、企業、商工会など、福祉分野に限らない多様な機関・団体、地域外の広域ネットワークとの有機的な連携が鍵を握ります。そこで、ミールズ・オン・ホイールズのような食支援活動団体同士の連携が「食を通じた支援を推進するプラットフォーム」構築に欠かせないと考えています。
そこで現在、私たちが取り組んでいるのは、コロナ禍からスタートした「ミールズ・オン・ホイールズ・ロジシステム(MOWLS)」という企業からの食糧寄付を団体につなげるための仕組みづくりです。現在は、これを日本各地に展開しています。
MOWLSは、大量の食糧を保管できる全国80か所のロジ拠点、その下にあたる全国310187か所のハブ拠点を構え、全国2700か所以上の食支援団体に、寄贈食品を届ける言わば水道管のようなものです。この仕組みによって、会食サービス、配食サービス、子ども食堂、地域食堂、料理教室など、多様な食支援のネットワークを広げています。今後は、「食」を通じた助け合いの価値概念を広げるために、世界のミールズ・オン・ホイールズ団体との連携も進めていきたいと考えています。
— 最後にMOWSAと共同で実現したい夢はありますか?
日豪のミールズ・オン・ホイールズの活動および価値観を他の環太平洋地域の団体と共有していきたいと思っています。そのため、世界MOWカンファレンスのようなイベントを日豪で連携して実現できたらいいですね。高齢化の進行は、日豪だけでなく、世界的な課題です。こうした会合でミールズ・オン・ホイールズが持つ「コミュニティの規範」を世界中の人々と共有できればと思っています。
ミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会
CEO シャリン・ブロアさん Sharyn Broer
毎年100万食を届け、1万3000人以上の高齢者を支援
— ミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会(MOWSA)のミッションや活動内容について教えてください。
MOWSAは、約70年前の1954年に設立された慈善団体で、栄養不良と孤独のために介護施設(aged care homes)に入る高齢者の問題を解決するために設立されました。
私たちは、栄養価の高い食事を届け、社会とのつながりを提供し、自宅での安全を確保することで、人々が自立した生活を送れるよう支援しています。主な活動は、思いやりのあるボランティアが、昼間に栄養のある魅力的な食事をその人の家に届け、ちょっとした会話をし、安全を確認することです。
安全で健康な食事は、地域社会での強く有意義なつながりをもたらします。私たちは毎年100万食以上の食事を届け、1万3000人以上の人々を支援しています。私たちの「顧客」にあたる高齢者は主に85歳以上で、費用を一部負担しながら健康と自立を支援するサービスを受けています。負担額は、連邦政府の支援を受けている度合によって決まります。オーストラリアでは、今後10年で85歳以上の高齢者が3倍に増える見込みです。日本同様に、ここでも高齢化は進行しています。
そもそもミールズ・オン・ホイールズは、1940年代にイギリスで始まったとされる高齢者向けの給食サービスになります。オーストラリア各地には、独立したミールズ・オン・ホイールズ組織があり、同様の活動をしていますが、オーストラリアでの活動を開始したのは南オーストラリア州です。MOWSAは、組織内で最大のグループで、南オーストラリア州内に調理・配達拠点が84か所あります。ほとんどの活動がボランティアによるもので、6,000人以上の登録ボランティアが参加し、約150人の職員がサポートしています。
ボランティアの多くは70歳以上で、有給の仕事をリタイアしています。彼らが毎朝、新鮮な食材を使って食事を調理し、その日のうちに配達しています。その他の食事は、アデレードにあるMOWSAの商業用キッチンでつくられ、冷蔵または冷凍されて、州内の支店に運ばれます。ここでボランティアが食事を温めて、配達を行います。嚥下障害やアレルギーがある人のための特別な食事もここで用意します。最近は好きな時間に食事を温めて食べることができるよう、冷凍食品を選んで自宅に配達するケースも増えています。
このサービスの最も重要なポイントは、。ボランティアとの交流です。これこそがミールズ・オン・ホイールズが他の組織と一線を画している点です。定期的な短い訪問によって顧客とボランティアの間にもたらされる関係は、双方に利益をもたらします。例えば、ボランティアが顧客の異常を察知すれば、適切なフォローアップが行えいます。緊急時には救急車を呼ぶこともあり、長年にわたって多くの命を救ってきました。
MOWSAは、「人々が集う機会を増やす(to create more opportunities for people to come together)」というビジョンを掲げ、他にもさまざまな社会福祉サービスを提供しています。例えば、ボランティアが独り暮らし高齢者の家庭を訪問し、おしゃべりをしたり、食事を共にしたりする活動も行っています。地域コミュニティのレストラン、カフェで「ソーシャルミール(食事会)」を開いたり、高齢者向けの料理教室を開催したりすることもあります。これにより、幼児や中高生と高齢者の異世代間交流も増えています。これが私たちのサービス・モデルです。
- MOWSAにとって、日本での活動にはどのような意味がありますか?
ミールズ・オン・ホイールズ日本協会(以下、MOWJ)との40年にわたる協力関係をとても誇りに思っています。定期的な意見交換は、非営利の食事支援組織として私たちが直面する共通の課題を改善し、解決する上で、大きな助けとなっています。
初期の頃、このパートナーシップにおけるMOWSAの役割は、MOWJの活動が発展するのを指導し、サポートすることでした。しかし今、私たちはともに成熟した組織となり、互いに成果や課題を共有し、学び合っています。そうすることで、同じ問題を解決するための異なる方法を見出すことができます。同様の活動をしている他のオーストラリアの組織と議論するより、はるかにアイデアが広がると思っています。
飢餓と孤立は、その国が豊かな国であろうと貧しい国であろうと、世界共通の問題です。両組織の交流は、国家レベルのマクロな問題だけでなく、地域社会レベルの問題に対処するためのさまざまな方法を考える絶好の機会になっています。2024年のように日本を訪れ、活動を視察し、さまざまなステークホルダーと交流できたことは非常に有益だったと思っています。
日本の地域コミュニティにおける配食サービスを強化する方法を提案
— 2024年に、豪日交流基金の支援を受けて日本国内でイベントを行ったそうですね。
2024年に、豪日交流基金の支援を受け、MOWSAとMOWJの協力関係40周年を記念したイベントを実施しました。 MOWSAの主要スタッフ4名が日本を訪れ、MOWJの関係者と交流を行い、勉強会や円卓会議、現地視察などが行われました。
勉強会では、私たちの活動や運営システムの共通点と相違点を探りました。例えば、食事の準備や提供方法、活動資金やその他の支援に対する政府の関与、活動に関する規制環境、ボランティア活動の概念といったテーマで議論しました。また、それぞれの組織が行っている調査の報告も行いました。私たちは配食サービスの社会的影響について、MOWJは子どもたちやひとり親家庭を対象とした食支援のための革新的なプログラムについての調査結果を共有し、世代を超えた活動を行う機会について話し合いました。
1週間の滞在中には、MOWJへのさらなる支援を求めるために、日本政府や自治体の関係者ともミーティングを行いました。オーストラリアにおける社会的インパクトの調査結果を報告し、ミールズ・オン・ホイールズが単なる食事サービス以上の価値を持ち、政府や民間投資にとって魅力的であることを示しました。また、オーストラリア大使館および豪日交流基金の関係者とも会合を持ち、MOWSAとMOWJの長期的な関係の構築に果たした役割を再確認しました。
さらに、東京都世田谷区と宮城県仙台市にある3つの活動拠点を訪問し、食事の準備や梱包の過程を見学しました。そして、実際に食事の配達に参加し、日本の高齢者の方々とも話をしました。それぞれの組織のボランティアやスタッフと交流し、彼らがその日、地域のために用意したお弁当を一緒に食べました。
高齢化社会の課題、地域社会における孤独の問題、MOWJと企業組織や財団のパートナーシップについて、重要な見解を共有する多様なステークホルダーとの円卓会議にも参加しました。また、日本とオーストラリアをつなぐオンラインシンポジウムを行い、日本の地域コミュニティにおける配食サービスを強化する方法を提案しました。
— 日本ではボランティア人口の減少が課題になっています。MOWJとの交流を通じて、気になったことはありますか?
困っている人のためにボランティア活動をすることが、社会の一員としてどのような価値を持つのか、若い世代から教育する必要があると考えます。だからこそ、日本の社会に何らかの価値基準を示すべきです。日本で学んだことのひとつに、日本人はオーストラリア人と比べて、見知らぬ人を助けたり、お金を寄付したり、時間を寄付したりする機会が少ないという現状があります。
寄付に関する世界的な調査である「ワールド・ギビング・インデックス(The World Giving Index/世界寄付指数)」のデータを見たところ、オーストラリアでは半数以上の人がこうした寄付活動に肯定的なのに対し、同じように考える日本人は5人に1人程度だという結果が出ています。その理由は、主婦を含む多くの人々がフルタイムの仕事に携わるようになり、1日の中でボランティア活動に使える時間が少なくなっていることが挙げられます。もちろん日本とオーストラリアでは、個人の時間の使い方や「他人を助けること」に対する文化的な価値観も異なります。
そこで、私たちが共に取り組めることは、「時間を提供する側にとって、ボランティア活動がどれほど価値のあるものか」を伝える共通のストーリーをつくることです。つまり、彼らが関わる市民活動から何を得られるのか、その経験が人生にどう役立つのかを語っていくことが重要です。
例えば、高齢者を助ける中高生・大学生のストーリーです。彼らがボランティア活動を通じてスキルや自信を身につけたり、社会に貢献することへの誇りを持ったりする様子を伝えることは、新たなボランティア参加者を募る大きな力になります。
オーストラリアでは、ボランティアの大半が有給の仕事から引退しています。ミールズ・オン・ホイールズでの活動は、彼らの心身を若々しく保つための重要な役割を担っています。ボランティアの価値について地域コミュニティにおけるストーリーを見つけるために、MOWSAが協力できることは多いと思います。
— MOWSAで活動に参加する若いボランティアは何歳くらいの方々ですか?
18歳から25歳の学生が中心ですね。数は少ないですが、私たちの活動に不可欠な人材です。大学アンバサダーもいます。これは、大学コミュニティーの一員でありながら、ミールズ・オン・ホイールズに関わり、積極的に情報発言をしてくれる人です。また、MOWSAのあるアデレードには多くの留学生がいます。MOWSAでのボランティアは、英語の練習にもなるし、地域社会や環境について学ぶのにもいい方法だと思います。
しかし、MOWSAのボランティアが食事を配達している時間に学生が授業中であれば、手伝いたくてもできないことは認識しています。そのため、より柔軟な営業時間の設定を目指しています。もし大学生が週末の午前中や平日の午後に私たちを手伝ってくれるのであれば、高齢者にとっても都合のいい時間帯となります。
「孤立」「孤独」解消に向けた日本の取り組みに感銘を受けた
— MOWJの活動を若者に知ってもらう上で、大変役立つ情報です。ところで、シャリンさんは現在のオーストラリアと日本の関係をどのようにご覧になっていますか?
全体として、オーストラリアと日本の間に強い相互尊重と協力の関係があると思っています。私たちは、異なる歴史と文化を持っています。しかし、多くの共通点もあります。オーストラリアの都市は日本の主要都市に比べてずっと小規模です。それでも、私たちは日本における「孤立」や「孤独」の解消に向けた国家的な取り組みに感銘を受け、多くのことを学んでいます。その課題に対処するうえで「食」が果たす役割にも注目しており、だからこそミールズ・オン・ホイールズのサービスモデルが非常に重要だと感じています。なぜならそれは、単なる食事の配達や提供ではなく、人と人とのつながりを生み出す仕組みだからです。
私たちは今が本当のチャンスだと考えています。オーストラリア人は、孤立や孤独に対処することの健康上の利点に、もう少し焦点を当てるべきだと思います。一方、日本を視察した際、国家的な戦略として、食品の無駄遣いを減らそうという動きを見たのも印象的でした。
また違う側面で、オーストラリアが日本から学ぶべきものも見つけました。それは、多くの日本人が大都市へ移住した結果、地方の地域社会では、十分なサービスやインフラ、さらには働き手すら確保できない状況が生まれているということです。そこでは、高齢者が健康で自立した生活を送ることは難しくなっています。
私が気づいたもうひとつの大きな違いは、日本のコミュニティでは、オーストラリアの人々よりもずっと「自立」や「自己責任」が求められているということです。 そして、個人の後に日本で支援を提供するのは地域社会であり、政府の活動は最終的なセーフティネットとみなされ、オーストラリアのように支援の第一線にあるとは思われていません。
オーストラリア社会では、「もし自分で自分のことができなくなったら、政府が自分を支援し、サービスを提供してくれる」という期待感があります。そして、そのサービスは、「地域社会全体の利益のため」ではなく、「個人のニーズに合わせて提供されるべき」と考えられています。
先ほども述べたように、オーストラリア人は他人を助けたり、時間やお金を寄付したりする傾向が強い。それ自体はすばらしいことですが、寄付やボランティアに頼る仕組みは、将来的な持続可能性に課題を残すことも理解しています。ミールズ・オン・ホイールズの今後の運営においても、それは大きなテーマになるでしょう。
とはいえ、私たちはオーストラリアと日本の間に非常に前向きな連携関係があることを再認識しました。また、日本のさまざまな関係者が、ミールズ・オン・ホイールズのサービスの運営方法、政府の関与の有無、そして双方に共通する改善のチャンスに強い関心を示していたことにも感銘を受けました。
郊外エリアでは公立病院と連携して配食サービスを提供
— オーストラリアでも日本でも、地域コミュニティは非常に重要です。日本の地域社会を視察して、オーストラリアとの違いを感じましたか?
南オーストラリア州には、アデレード、グレーター・アデレード、メトロポリタン・エリアがあり、南オーストラリア州民の10人に8人がこの地域に住んでいます。そして、国土の非常に広い範囲に点在する何百もの小さなコミュニティがあります。そのような地方の小さなコミュニティでも人口減少が見られますが、日本の一部で観察されているような速度や深刻さではありません。
こうした小さなコミュニティでは、人々が力を合わせて自分たちの課題に対する解決策を見出そうとしています。緊急サービス、山火事救援、赤十字、その他の慈善活動など、多くの場合、同じ人々が関わっています。このような地域社会には、人々が生まれ育った場所に留まり、そこで幸せに暮らしてほしいという願望があるのだと思います。
南オーストラリア州では、コミュニティ間の移動に何時間もかかるため、活動の大きな負担になっています。オーストラリアには、日本のような高速鉄道や発達した交通インフラがないため、距離の問題は活動にとって非常に大きな課題です。
MOWSAでは、アデレード市内でメインの活動をしながら、各地域にも少人数のボランティアグループが存在し、配食サービスを担当しています。多くの場合、地元自治体が運営する公立病院と連携しており、病院スタッフが食事を調理し、ボランティアがそれを届けるという仕組みです。
こうしたボランティアスタッフの協力を維持する上で、いくつかの課題もあります。例えば、オーストラリアでは政府の補助を受けてフードサービスを提供する場合、非常に多くの規制やルールがあり、それが活動の制約となっているのです。高齢者を支援するには、事前のトレーニングなどの要件が厳しく、「月に1時間だけ手伝いたい」と思っていても煩雑な研修やコンプライアンス手続きが負担になり、参加意欲が低下する人も多いのが実状です。しかし、これらの課題を乗り越え、地域コミュニティと連携していくことが私たちの重要な仕事です。
MOWSAの活動と高齢者自立支援の経験がつながった
— シャリンさんはどのような理由で、ミールズ・オン・ホイールズの活動に参加しましたか? また、活動に対してどのようなモチベーションを持っていますか?
すばらしい質問に感謝します。私は15年間、ミールズ・オン・ホイールズの活動に関わってきました。その前は、作業療法士として訓練を受け、南オーストラリア州で在宅介護と地域介護の仕事をしていました。私の仕事のほとんどは、高齢者が自宅で健康的で自立した生活を送れるようにサポートすることでした。私は高齢者と彼らが社会にもたらすものを大切に思っています。そして、そのような人たちができる限り長く社会に貢献し、目的を持って有意義な人生を送る姿を見たいと思っています。そのため、施設に閉じ込めるようなことはしたくないのです。
ミールズ・オン・ホイールズのメンバーになったことで、その活動目的と高齢者の自立支援に携わってきた自分自身のキャリアがつながったのです。毎日、100人近くの小さなグループが集まって、愛情をこめて食べ物をつくり、家庭の人々に届け、彼らの1日に喜びをもたらし、安全で健康であることを確認する。こうしたサービスを提供する高齢者やボランティアにもたらす恩恵についての話を聞くと、心が温かくなります。それこそが、私がミールズ・オン・ホイールズの活動に参加し続ける理由なのです。
地域社会においてミールズ・オン・ホイールズを当たり前の選択肢にしたい
— では最後にMOWSAの活動を通して達成したい目標、あるいはMOWJとともに実現したいビジョンがあればお聞かせください。
高齢者が増えている社会では、食料の買い出しや食事の支度が簡単にできない人が数多くいます。つまり、ミールズ・オン・ホイールズの使命が達成されれば、高齢者が自分の家で、自分のコミュニティで自立し、健康で、社会とつながった生活を送ることができます。こういう社会をつくるのが私たちの目標です。
その達成にはまだまだ時間がかかります。とはいえ、ミールズ・オン・ホイールズのサービスモデルが、高齢者の栄養不足や孤独の問題に対して大きな効果をもたらすことは明らかです。そこで、私たちは豪日両国におけるミールズ・オン・ホイールズの活動を支えるために、特に政府の関与と資金提供の強化を求めています。
その目的を達成するための課題やアプローチは、両国で若干異なっています。オーストラリアでは、国民も国会議員もミールズ・オン・ホイールズの価値と投資の重要性を理解しています。オーストラリアでは、ミールズ・オン・ホイールズのブランド認知度は非常に高いです。実際、南オーストラリア州民の98%は、高齢者向けのミール・サービスを提供しているのはどこかと聞けば、ミールズ・オン・ホイールズの名前を挙げるでしょう。
だからこそ、MOWJがプラットフォームとして非常に重要な役割を担っていることを日本の人々はもっと知るべきだと考えます。MOWJは、多くの小さな団体、何百もの小さな団体を支援し、それらをつないでいます。
MOWJは、企業、社会福祉協議会(social welfare councils)、そして三層(国・都道府県・市区町村)の政府機関と連携しています。しかし、社会福祉協議会の半数が配食サービスを支援していないという事実を知り、大きな失望を感じました。そのため私たちは、データや知見を引き続き提供し、MOWJが日本全国のすべての地域で高齢者に配食サービスを届けられるよう、働きかけを続けたいと考えています。
私たちが活動している環境は、やや規制が厳しすぎるところがあります。なので、日本で見られたような、栄養ガイドライン、食品安全、労働安全衛生などにおける比較的柔軟な制度を目の当たりにし、オーストラリアでもそうした制約を乗り越えて、より柔軟で住民のニーズに合ったサービスをつくるにはどうすればよいかを考えるようになりました。
また、オーストラリア政府にも、孤独やそれに起因する社会的・健康的課題にもっと積極的に取り組んでほしいと思っています。私たちは、日本で「孤独・孤立対策推進法(Diet Act)」が制定されたことを知り、それが孤独の予防と対処のための世界的にも先進的な政策であると評価しています。
この法律がオーストラリア、さらには他の欧米諸国でも理解され、受け入れられることを私たちは強く望んでいます。「孤独である」と認めることはとても難しいことですが、温かい食事と居場所があること、それが政策として支えられていることは、非常に優れた解決策だと感じるからです。
私たちは、「食」が人々をつなげることをよく理解しています。私は、「同じ釜の飯を食う」という日本の慣用句がとても好きです。私たちにはいくつかの共通の目標があります。それは、地域社会においてミールズ・オン・ホイールズを当たり前の選択肢にすること、社会における孤独の問題にもっと取り組むこと、ボランティア活動のような取り組みが孤独への処方箋となる可能性を理解することです。
そして、MOWJの使命である小さな地域団体をつなぐ活動も支援していきます。高齢者が支払うわずかな費用だけで成り立っているボランティア主導のグループが、地域社会で大きな価値を生み出しています。より多くの支援が集まれば、より多くのことを実現できるでしょう。その活動にずっと寄り添っていきたいと考えています。
【取材協力】
ミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会(MOWSA)
南オーストラリア州を拠点とする高齢者向け配食サービス団体。「ミールズ・オン・ホイールズ(Meals on Wheels)」とは、自分で食事を用意できない人のために食事を届けるプログラムのこと。1940年代にイギリスで始まったとされるこのプログラムをベースとし、南オーストラリア州内にある84か所の調理・配達拠点から毎年100万食以上を提供している。1万3000人以上が利用するこのサービスを約6,000人の登録ボランティアが支えている。
https://mealsonwheelssa.org.au
一般社団法人 全国食支援活動協力会
「ミールズ・オン・ホイールズ南オーストラリア協会」との交流をきっかけに、独り暮らし高齢者のための配食活動や会食会を運営する団体として1986年に設立。「ミールズ・オン・ホイールズ日本協会」としての役割も担う。現在も高齢者向け配食サービスの普及、および「食を通じた支援を推進するプラットフォーム」構築に尽力している。
https://mow.jp