肢体不自由者の手足となって日常生活をサポートする介助犬が日豪交流に支えられていることをご存じでしょうか。社会福祉法人日本介助犬協会では、介助犬の育成だけでなく、日本社会における介助犬の理解促進を目的とした啓発活動も行っています。同協会では、介助犬の利用において先進的な取り組みを行うオーストラリアの団体と交流し、育成や繁殖に関するアドバイスをもらっているといいます。ゼネラルマネージャー・水上言さんに介助犬育成の現状や日本における課題、オーストラリアの社会から学ぶべきことについて聞きました。
手や足に障がいがある人の日常生活をサポートする介助犬
— 介助犬とはどのような役割を担う犬なのでしょう?
介助犬は、手や足に障がいがある人の日常生活をサポートする役割を担います。盲導犬が視覚障がい者、聴導犬が聴覚障がい者のサポートを専門に行うのに対し、介助犬は、肢体不自由者の手足となって、日常生活における動作の補助をします。 半身麻痺の方、電動車イスを使っている方、杖を使えば歩ける方など、介助犬使用者の症状は実にさまざまなのが特徴です。介助犬と暮らすことによって、一人で外出することの不安が軽減された、家族が安心して外出できるようになった、などの2次的効果もあり、介助犬を通して社会とのつながりがより深くなることが期待できます。
介助犬は、使用者のニーズに合わせてさまざまな介助作業を行います。代表とする作業としては、【1】落とした物を拾う【2】指示した物を持ってくる【3】緊急連絡手段の確保【4】ドアの開閉【5】衣服の脱衣補助【6】車いすの牽引【7】起立・歩行介助【8】スイッチ操作がありますが、使用者の身体状況に合わせての作業となるため、それらに限らず、犬たちは鼻や前足、時には全身を使って使用者に必要な作業を行います。
介助犬を担う犬種は、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバーなどレトリバー種がメインです。もともと鳥猟犬で、モノをくわえる作業が好き、さらに人と何かをするのが大好きということで選ばれています。
— 社会福祉法人日本介助犬協会の活動についてもお聞かせください。
日本介助犬協会では、介助犬の育成のほか、介助犬訓練者の養成、介助犬およびその他の補助犬の必要性を社会に知ってもらう啓発活動などを行っています。愛知県長久手市にある「介助犬総合訓練センター 〜シンシアの丘〜」を拠点として、年間3頭の介助犬を手足に障がいのある肢体不自由者に届けることを目標に活動しています。
介助犬は原則として、使用者に無償貸与をしていますが、年間20万円ほどかかる飼育費用は使用者に負担してもらいます。また、介助犬を受け入れるにあたって、シャンプーやブラッシングなど、犬を飼育する知識も必要になります。そのため介助犬と使用者のペアを決めるにあたっては、犬だけでなく人の適性も判断する必要があります。その方の自立、社会参加に介助犬が本当に有効なのか、愛情をもった飼育者となれる方なのか、社会参加場面での介助犬使用者としての責任能力は問題ないのかなども踏まえて判断します。
ペアが決まったら、介助犬を希望する方(訓練生)には2週間ほど訓練センターに入所してもらい、合同訓練を開始します。その後、訓練生の生活環境に移り、約1カ月間の在宅での訓練を行います。在宅訓練では、部屋の構造に合わせた訓練の他、職場や普段利用する施設等での訓練を行います。ペアで認定試験に合格して、貸与した後も定期的に訪問をし、使用者や介助犬の状況を把握し、必要があれば、追加で訓練を行うこともあります。使用者のご自宅におじゃまして、部屋の構造に合わせた訓練をしたりもします。介助犬は、とにかく人と何かをするのが大好きなので、ゲーム感覚で楽しみながら訓練することを心がけています。
2015年にクイーンズランド盲導犬協会からパピー2頭を導入
— 日本介助犬協会とオーストラリアの関係についてお聞かせください。
オーストラリアは介助犬を含む補助犬の育成や繁殖の分野で先進的な取り組みをしていて、これまで私たちもさまざまなアドバイスやサポートを受けています。当協会とオーストラリアの密な連携がスタートしたのは2015年です。この年、豪日交流基金の助成を受けたクイーンズランド盲導犬協会(Guide Dog Queensland)からパピー2頭を導入させていただきました。
その後、2016年に、今度は日本介助犬協会が豪日交流基金の助成を受け、もともとクイーンズランド盲導犬協会に所属していた繁殖のスペシャリストであるLauren Elgieさんを招聘して、補助犬の育成や繁殖に関するレクチャーをしていただいたんです。そのとき、さらに2頭のパピーを導入しました。それが、ウォルフィとベルです。ウォルフィはその後、当協会の施設で、17頭のパピーを出産し、そのうち1頭は繁殖犬、1頭は訓練犬、1頭は盲導犬として活躍しています。
その後、2019年にも豪日交流基金の助成を受け、再びLaurenさんを招聘して、安定的な介助犬育成のためのワークショップを開催する予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で時期を延期に……。結局、2020年にオンラインでワークショップを開催しました。ここで、繁殖計画や育成に関する活発な議論が行われ、新たな繁殖犬の凍結精液の導入なども始まりました。豪日交流基金の助成で導入したこの凍結精液によって、23頭のパピーが誕生し、現在もさまざまなシーンで活躍しています。
— クイーンズランド盲導犬協会とは、以前から交流があったのですか?
2014年に国際盲導犬連盟(IGDF/International Guide Dog Federation)のカンファレンスが東京で開催されたとき、当協会の現理事長の高柳が、クイーンズランド盲導犬協会の代表を含むメンバーの皆さんを訓練センターに招待したのが交流のきっかけでした。その後、2015年に今度は私たちが、オーストラリアのクイーンズランド盲導犬協会を訪問して、そこでパピー寄贈のお話をいただいたんです。
その後、2016年にLaurenさんが来日し、組織間の連携がさらに強まりました。補助犬の育成・繁殖の専門家であるLaurenさんには、出産に関すること、交配の組み合わせ、出産後の健康面のケアなどなどについて、その都度、相談にのってもらっています。
具体的には、海外の良い血統を交配で使いやすくする為に、凍結精液を使用できる体制を提案いただき、凍結精液を使用した人工授精を行う環境を整えることができました。また、育児期間中に食事量を増やすことでの母犬のお腹の負担を考え、ドライフードを増やすだけでなく、肉系の食事を与えるなど、自分たちだけでは思いつかなったことを教えていただき、実行しています。
Dog Intervention®など新たな取り組みもスタート
— クイーンズランド盲導犬協会との交流によって、新たに始まった取り組みなどもありますか?
新たに始まった取り組みとしては、Dog Intervention®(DI/犬による介入)の活動があります。これは、犬を介して人の笑顔や意欲を引き出す活動になります。いわゆる動物介在療法や動物介在活動になるのですが、例えば、当協会から病院へ貸与しているDI犬®は、リハビリや困難な治療を必要とする患者さんのストレスを軽減するしたり意欲の向上を促すなどの目的で、医療従事者とともに、一人ひとりの患者さんに寄り添う活動をしています。
例えば、生まれつきの病気があり定期的に手術を必要としている子どもさんがいて、毎回手術室に行くのを嫌がって大泣きしていたのですが、DI®犬と一緒に手術室にへ行くけるとなったことで初めて泣くこともなく笑顔でDI 犬®と共に手術室へ入って行うになったという報告を受けたことがあります。ご両親からは、毎回泣きじゃくるわが子を送り出すことが耐えがたく、手術という治療をやめようとまで考えていたのが、DI犬®のおかげで手術の怖いイメージを変えられたと涙ながらに話されていたそうです。さらに、ターミナルケア(終末期医療)の現場では、ベッドで1日中ふさぎ込んでいたある女性の患者さんは、DI犬の介入が始まったことで笑顔がでるようになり、毎回DI犬®が来る際には、髪をとかしたりお化粧をして犬を待ち、亡くなる数日前までDI犬との時間を「幸せ」と口にして過ごすことができたといいます。こういう話を聞くと、犬って本当にすごいなと思います。
また、障がい者・障がい児がいるご家庭に対し、細かく相談にのった上で、犬を譲渡する「With Youプロジェクト」という取り組みも行っています。犬を飼いたいけど、障害のあるわが子が迎え入れた犬を受け入れられるのか、そもそも我が家と迎え入れた犬が自分たちの生活にマッチしなかったら…などと不安を抱えているご家族はたくさんいます。1年以上の飼育をして十分に個々の犬の性質を理解している私たちにはそれぞれのご家庭の事情にあった犬を紹介できますし、お見合いやお試し飼育を経て最終的に迎え入れていただくかを判断いただけます。お試し飼育
期間中には細かに相談にも乗ります。万が一マッチしない場合には犬たちには帰る場所があるので、犬もご家族も不幸になることがありません。これは、犬を介してコミュニティとつながるきっかけづくりとなる新たなプロジェクトでもあります。
介助犬候補として生まれたパピーもすべてが介助犬として活躍できるわけではありません。動くものがどうしても気になったり、人混みが苦手だったりする犬もいます。彼らを無理やり介助犬にするほど不幸なことはありません。そこで、介助犬以外の活躍の場として、普及していきたいと考えているのが、Dog InterventionやWith Youプロジェクトなどの活動です。
実際、2019年の豪日交流基金の助成で導入した凍結精液によって誕生した23頭のパピーは、その後、2頭が訓練犬、1頭が繁殖犬、1頭がDI犬として活躍し、9頭がWith Youプロジェクトで人々を幸せにする役割を担っています。
介助犬に「幸せね」と声をかけられる社会をめざして
— オーストラリアは、介助犬の育成や訓練において、どのような存在なのでしょう?
介助犬を含む補助犬を社会で受け入れる環境は、明らかにオーストラリアのほうが進んでいます。まず、オーストラリア人は、介助犬を見ると「あら、役割があって幸せね〜」と声をかけます。介助犬が飼い主に大切にされ、犬種特性を活かして作業を楽しんでいることを知っているからです。これに対し、日本人は介助犬や盲導犬を見ると「仕事をさせられてかわいそう」と思う人が大半です。この1点だけでも社会の理解度の違いがわかります。
ほかにも日本の訓練犬は、成犬にならないと公共施設での訓練ができない風潮がありますが、オーストラリアではパピーの段階から訓練が実施されています。クイーンズランド盲導犬協会の現地視察では、ボランティア複数名がパピーを連れて電車に乗る練習をしたり、ショッピングモールでの社会化訓練をしたりするシーンを目にしました。そこには、社会全体で補助犬の育成を応援している雰囲気がありました。
オーストラリアは、もともと野生動物の保護など、アニマルウェルフェア(動物福祉)の面でも意識が高いことで知られています。補助犬に限らず、動物との向き合い方全般において、日本人がオーストラリ人から学ぶべきことは多いと思います。
— 日本介助犬協会の活動において、実現したい夢や目標はありますか?
現在、日本全国で活動している介助犬は約60頭(2024年9月末時点)。これに対し、潜在的に必要としている人は15,000人と言われており、まだまだ頭数が不足している状況です。日本ではまだ介助犬の歴史は浅く、介助犬に対する社会的認識不足も頭数が増えない要因の一つです。介助犬の訓練には、非常に時間がかかり、多くのスタッフの力が必要です。また、繁殖のネットワーク拡充も重要とされています。
当協会は現在、補助犬に関する国際組織であるAssistance Dogs International(ADI)の認可を受けることができ、オーストラリアの他の加盟団体からも繁殖犬候補の提供を受けることができるようになりました。これもクイーンズランド盲導犬協会との交流から派生した大きな成果だと考えています。
今後もオーストラリアの各団体との交流を続けながら、訓練や繁殖の質を上げ、本当に必要な人に1頭でも多くの介助犬を届けていきたいと考えています。
【プロフィール】
水上言さん
社会福祉法人日本介助犬協会ゼネラルマネージャー
まだ日本で障害者を支える犬は盲導犬しかいなかった高校生の頃、アメリカ留学中に肢体不自由者を支える介助犬の存在を知り、犬の本来もっている特性を活かして障害者をサポートする介助犬の存在に魅了され、介助犬の育成に携わりたいとの夢を抱く。のちの身体障害者補助犬法制定のきっかけとなった介助犬シンシアの使用者である木村佳友氏の講演を地元大阪で聴いて育成に携わりたい夢が決意に変わる。講演のあった翌年の1997年に仕事を辞め上京し、前身の介助犬協会(1995年発足)にボランティアスタッフとして加入する。現場で学びながら介助犬の育成を開始し、2005年より育成部門のリーダーを任され、その後訓練センター長を経てゼネラル・マネージャーに。現在は介助犬普及の他、全プログラムの発展に携わると共に後身の育成に力を注いでいる。
【取材協力】
社会福祉法人日本介助犬協会
「人にも動物にもやさしく楽しい社会をめざして」を事業理念に掲げ、日本における介助犬の育成・普及活動、介助犬訓練士の養成を行っている。愛知県長久手市にある「介助犬総合訓練センター 〜シンシアの丘〜」を拠点に訓練を行い、年間3頭ほどの介助犬を肢体不自由者のもとに届けている。介助犬育成のほか、Dog Intervention®など、犬を介して人々を笑顔にする活動にも取り組んでいる。