オーストラリアと日本では、2国間のさまざまな文化交流活動が行われています。1978年に設立されたオーストラリアのパフォーマンス集団ポリグロット・シアターと日本の認定NPO法人あっちこっちのコラボレーションもそのひとつ。2団体は、2015年から宮城県南三陸町や神奈川県横浜市で、地元の小学校や特別支援学校を訪れて、ユニークな参加型ワークショップを開催しています。お互いのアートやカルチャーから何を学び、どう社会に還元しているのか——。ポリグロット・シアターのプロデューサー、レインボー・スウィーニーさんと認定NPO法人あっちこっちの理事長、厚地美香子さんにお話を伺いました。
Part.1
ポリグロット・シアター プロデューサー
レインボー・スウィーニーさん
子どもとファミリーが楽しめる参加型ワークショップを企画
——子ども向けのユニークなパフォーマンスで知られるポリグロット・シアターですが、改めてミッションや活動内容について教えてください。
ポリグロット・シアターでは、主に子どもたちとファミリーに向けたさまざまなパフォーマンスのプログラムを提供しています。そのすべてが参加型ワークショップになっています。私たちは、すべての作品の中心に、子どもたちの声を据えています。私たちは、子どもたちがこの世界における創造的かつ文化的なリーダーであると感じてほしいと思っています。それがミッションです。
——オーストラリアで行っている子ども向けパフォーマンスについて、詳しく教えてください。
ポリグロットは、非常に多様なプログラムを提供しています。子どもたちとファミリーに向けたステージがメインですが、学校を訪問してパフォーマンスを行うこともあります。日本でも参加型ワークショップを開催したことがあります。
例えば、来週は西オーストラリアで私たちの作品のひとつである「Pram People」という参加型ワークショップを行います。その後、香港でも同じ公演を行います。
——「Pram People」はどのような作品なのでしょう?
Pramはベビーカーのことで、「Pram People」は育児中の人たちと小さな子どものための参加型ワークショップです。大人たちにはヘッドフォンが配布され、そこから流れる物語や指示を聞きながら小さな子どもが乗ったベビーカーを押して、独自の世界を堪能します。美しいワークです。それは公道におけるパフォーマンスのようなもので、彼らはベビーカーに乗った子どもたちと一緒にダンスを楽しみます。
メルボルンのAbbotsford Conventで行われた「Pram People」写真: Kenny Waite
この作品をつくるにあたり、多くの人々と共同作業をしました。まだ若い親世代、若い親だった頃を思い出す祖父母世代、そして、子どもたち。これらの思い出とともに美しいオーディオ作品をつくっています。
ほかにも「When the World Turns」という複雑な障害を持つ子どもたちのために特別につくられた作品もあります。この作品では、家族や学校のグループを招待して、私たちがたくさんの植物でつくり上げた美しい世界に入ってもらいます。理由は、こうしたコミュニティは、自然や芸術体験へのアクセスが非常に限られていることが多いからです。
この作品は、イギリスのOily Cartという劇団と一緒につくり上げたもので、メルボルンのアートセンターで行われた障害者フェスティバルで初演を迎えました。今年(2024年)は、この作品とともにオーストラリアの学校を巡る10週間のツアーを行う予定です。
日本で障害を持つ子どもたちのための特別支援学校を訪れたのと同様に、オーストラリアでも異なる10校を訪問します。各校で1週間ずつ過ごす予定です。
南三陸町でも大人気だった「ペーパープラネット」
——過去に日本でもパフォーマンスを行った「ペーパープラネット(Paper Planet)」についても教えてください。
「ペーパープラネット」は、段ボールの木々が生い茂る森で、子どもたちが紙とテープを使って自由に世界をつくる参加型ワークショップです。来週も「ペーパープラネット」の公演でアメリカのカリフォルニアとアリゾナを訪れます。そこでは大規模な「ペーパープラネット」を開催する予定です。
横浜市内小学校で実施したワークショップ「ペーパープラネット」写真: Ai Ueda
日本で行ったのは、学校の1クラス単位で行う小さなバージョンでした(豪日交流基金助成)。横浜こどもホスピスプロジェクトでは、複数の家族グループ向けにワークショップを行ったこともあります。一方で一度に100人単位が参加するバージョンも実施できます。「ペーパープラネット」は非常に柔軟なのです。昨年(2023年)の春は、シドニーオペラハウスで2週間のワークショップを行い、約5000人が参加したんですよ。
——ポリグロット・シアターにとって、海外、特に日本での活動にはどのような意味がありますか?
国際的なコラボレーションは、ポリグロットにとって非常に重要です。私たちは、新しい人々と出会い、異なる文化的文脈でワークすることを本当に価値あるものと考えています。それはご褒美のようなもので、アーティストとして、カンパニーとしての成長に不可欠のものです。新たなコラボレーションをするたびに、新しい家族や子どもたちのコミュニティとワークをするたびに、私たちは学び続けています。
——日本でワークショップをする際、オーストラリアとは異なる工夫をすることはありますか?
人々は、時々私たちに「国によって子どもたちに違いはありますか?」と尋ねます。答えは、「Not really.(そうではない)」。私たちは心の中でみんな同じです。世界中の人々がポリグロットの作品とつながるのは、私たちのワークショップに、さまざまな方法で参加できるからです。ポリグロットの作品は、相手が誰であるかに合わせて、柔軟に対応できます。
日本の子どもたちやファミリーからの反応は、常にポジティブです。特に「ペーパープラネット」は、ほとんど言語を使用しません。共に行うワークは普遍的なもので、子どもたちはすぐに自分が何をすべきかを理解します。とはいえ、異なる文化の人々が理解するために、ほんの少しだけ特別なアレンジをすることはあります。
南三陸町で行った「ペーパープラネット」の様子 写真: Ai Ueda
例えば、もし私たちが日本で「Pram People」を上演するならば、日本語バージョンの音声を作成することを検討するでしょう。そのために日本のお父さん・お母さんたちや孫のいる人たちからさまざまな話を聞いて、ワークショップで使う音声を“自分ごと”として感じられるようにしたいと思います。世界中の親たちは同じような物語を共有しています。しかし、誰しもが自らのコミュニティの物語の中で育ちます。そのため、「Pram People」では、現地のコミュニティと一緒に作品を発展させるようにしています。
ポリグロットなら文化的な復興を支援できる!
——ポリグロット・シアターと日本の認定NPO法人あっちこっちは、今まで複数の公演を一緒に行っています。コラボレーションのきっかけを教えてください。
ポリグロットとあっちこっちは、2015年に行われた横浜で行われたTPAM(Tokyo Performing Arts Market/現YPAM=横浜国際舞台芸術ミーティング)という国際舞台芸術ミーティングの「芸術見本市」で出会いました。ポリグロットは常に新たなコラボレーションの可能性を模索していました。あっちこっちはクラシック音楽をベースとしたカンパニーで、ポリグロットは参加型のパフォーマンスを専門としていたので、いい組み合わせだと思いました。
その場で意気投合し、同じ年に(宮城県)南三陸町でコラボレーションのプログラムを実施することになりました。あっちこっちはすでに震災後の数年間、東北地方でさまざまな活動を行っていました。ポリグロットもすでに南三陸を訪れたことがあったので、完璧な組み合わせだと思いましたね。
2015年に南三陸町で初めてのコラボレーションを実現
——ポリグロット・シアターの皆さんは、2011年の東日本大震災後、何度も南三陸町を訪れ、パフォーマンスを実施しています。皆さんの反応はいかがでしたか? また、訪れるたびに変化を感じますか?
私たちが最初に南三陸町を訪れたのは、震災から数か月後だったと思います。そのときは、まだ復興前の悲惨な状況でした。ただ、私たちはオーストラリア政府に、この地に招待してもらえたことを感謝しました。被災地を見て、ポリグロットにはここでできることがあると感じました。なぜなら私たちは家を建てることはできませんが、子どもたちやファミリーのコミュニティや文化的な復興を支援することができると思ったからです。
2011年に南三陸町を訪れ被災者と交流するポリグロットシアターのメンバー
その後、再びオーストラリア政府の招待・豪日交流基金の助成を受け、2013年に南三陸町で参加型ワークショップを行いました。公演したのは、ポリグロットの作品のひとつ「ぼくらの都市(We Built This City)」。南三陸町では、「ぼくらの町(We Built This Town)」として実施しました。とても楽しい訪問でした。私たちは、南三陸町ベイサイドアリーナを占拠して、3000個の段ボールを使って、子どもたちと一緒に家、道、そして町を建設しました。彼らは「My Dream House」というテーマで、段ボールを使って理想の家を創造したのです。
南三陸町ベイサイドアリーナで上演した「ぼくらの町(We Built This Town)」
南三陸町であっちこっちとの最初のコラボレーションをしたのは、2015年5月です。その後、2018年3月にも再訪し、南三陸町のすべての小学校、数か所の保育園とベイサイドアリーナで「ペーパープラネット」を上演しました(2回とも豪日交流基金助成)。
子どもたちに最高の体験を提供できるのは長い信頼関係があるから
——レインボーさんは、現在の日豪関係をどのようにご覧になっていますか?
とても強い信頼関係があると思っています。日本を訪れるたびに大きな喜びを感じます。オーストラリア人と日本人の間には、美しい関係があり、私が知る誰もが日本を訪れて、すばらしい時間を過ごしています。それは仕事のとき、旅行のときも同様です。私もすぐにでも日本に行きたいです。
——長い信頼関係のなかで、日本の文化や芸術から学んだことがあれば、教えてください。
いい質問ですね(笑)。定義が難しいですが、私たちは常にお互いの文化から学んでいます。特に、あっちこっちのような団体と密な交流があるときに、多くの刺激を受けます。初めて会うアーティストやミュージシャンとコラボレーションするたびに、相手について、そして、私たち自身について考えます。新しい人々と協力し、彼らがどのような仕事をするか理解することは、とても興味深いことです。
例えば、あっちこっちに所属する多くのミュージシャンは、クラシック音楽の訓練を受けており、多くの準備をしてパフォーマンスに臨みます。一方、ポリグロットは、もう少しカオス的です。しかし、私たちは子どもたちの変化にどう反応し、必要があれば内容を変更していくノウハウに長けています。なので、しっかりリハーサルをして、完璧に音楽を演奏するミュージシャンにとっては、コラボレーションによる新たな発見があるかもしれません。
2団体の信頼関係がパフォーマンスを支えている 写真: Ai Ueda
ポリグロットとあっちこっちの長いコラボレーションにおける魅力のひとつは、発展する信頼関係です。これは、アーティストとして、お互いの方法と働き方を深く理解しているからこそ実現できるものです。私たちが行うような子どもたちの反応に合わせて即興のパフォーマンスをする劇団にとって、こうした関係は特に重要です。何年にもわたって築かれた信頼関係によって、子どもたちに最高の体験を提供できるのです。
——今後、認定NPO法人あっちこっちとのコラボレーションによって実現したいプログラムやイベントがあれば、具体的に教えてください。
私と美香子さん(認定NPO法人あっちこっち理事長の厚地美香子さん)は、常に次にどのようなコラボレーションができるか考えています。昨年(2023年)に横浜を訪れて、特別支援学校や子ども向けホスピスで一緒に参加型ワークショップを行ったのは、すばらしい時間でした。今後も横浜だけでなく、他の場所でも同様のワークショップを共同で行いたいです。
まだ具体的な計画はありませんが、私たちは再び日本でコラボレーションをするために日々、ハードワークをしています。できれば、次回は一般のファミリー向けの違うバージョンのペーパープラネットを実施したいですね。もちろん、引き続き、特別支援学校などでのワークショップも行いたいです。そのために資金を獲得する努力も必要です。
夢はあっちこっちと一緒にイチから作品をつくること
——ポリグロット・シアターの活動において、実現したい目標はありますか?
私たちは常にポリグロットで新しい作品を制作しています。11年間も世界中で公演を続けているペーパープラネットのような息の長い作品をさらに生み出したいと思っています。私たちの頭の中には、常に新しいショーのアイデアがあります。
つい数週間前にも新しい作品の制作がスタートしました。それは、子ども、大人が一緒に参加する作品で、都会のファミリーを自然と結びつけることを目指しています。タイトルは「Forest」です。名前が示す通り、そこのパフォーマンスは森林で行われるでしょう。都会に住むファミリーを少し郊外に連れ出します。自然の中でアート体験をするのです。
まだ準備段階ですが、場所はできればメルボルン郊外の植物園などで行えたらいいなと考えています。そこは街の中心部から少し離れていますが、訪れるには便利な距離です。自然豊かなオーストラリアには、そのような場所がたくさんあります。参加者が自然に囲まれていると感じられるエリアを今後も探していきます。
Forest by Polyglot Theatre. Creative development at Royal Botanic Gardens Cranbourne, Australia. Photographer: Claudia Sangiorgi Dalimore
自分が自然の中にいるという感覚を人々に与えたいのです。それは魂のためにもよいことです。そして、私たちが海外の異なる都市に持っていくことができる自慢の作品のひとつになることを願っています。そして、現地のコラボレーターと協力して、「Forest」を上演するための適切な場所を見つけられるといいですね。
きっと私たちは、訪れる場所ごとのバージョンをつくるでしょう。教育的なパフォーマンスにするつもりはありませんが、ここにどのような種類の植物があるのか、どのような昆虫が生息しているのか、そのような生きものが過去にここにいたのか……といった情報を探して、それらをショーに取り入れたら面白いですよね。
——ぜひ新しいパフォーマンスを日本で観たいです。改めて、日本のパートナーである認定NPO法人あっちこっちとなし遂げたい夢はありますか?
チャンスがあれば、あっちこっちと共同でパフォーマンス作品をつくりたいですね。それが私の究極の野望です。私たちの目的は、一緒に何か新しいものを創造することです。国際的なコラボレーションには、距離的な困難もあります。それでもいつか美香子さんと一緒にイチから新しい作品をつくるのが私の夢です!
Part.2
認定NPO法人あっちこっち理事長
厚地美香子さん
芸術によって多くの人に笑顔を届けたい
——厚地さんが理事長を務める認定NPO法人あっちこっちは、普段どのような活動をしていますか?
認定NPO法人あっちこっちは、芸術によって多くの人に笑顔を届けることをミッションとするアート集団です。クラシック系の音楽家が多数在籍していますが、美術家やダンサーもいます。現在、メンバーは70名で、音楽家のほかに油画作家、CGデザイナー、映像作家、染色家、彫刻家……さらにダンスもクラシックバレエからコンテンポラリー、ジャズダンサーまで、ジャンルは本当に多彩です。私も音楽大学でピアノを専攻していました。
あっちこっちを立ち上げる前は、20年間クラシック音楽コンサート・マネジメント会社に勤務していました。そこでアーティストマネジメントや音楽祭の企画・運営などを行ってきました。転機になったのは、2011年の東日本大震災でした。もともと2010年に会社を退職して、若手アーティストを支援する活動をしたいと思っていましたが、それを実現するビジネスモデルはなかったんです。
そんなタイミングで震災が起こり、私はとにかく自分のこれまでの経験を活かして、被災地で支援活動をしたいと考え、市民団体「あっちこっちの会」を設立し、若手アーティストと共に被災地でのコンサートなどを開始しました。その後、2013年にNPO法人化し、現在に至ります。
現在は、学校、介護施設、地域コミュニティ、文化施設等にも活動の舞台を広げ、あっちこっちとして、これまでに年間100回以上のコンサートやワークショップを開催してきました。
「同じような活動をしている団体がオーストラリアにある!」
——ポリグロット・シアターとのコラボレーションを始めたきっかけを教えてください。
もともと団体を立ち上げたときから、国際交流事業を行いたいと思っていました。というのも設立当時、芸術で社会貢献活動をするというモデルが海外にしかなかったので、仲間と出会いたいという思いもありました。さらに、私は前職で海外のアートカンパニーと共同で子ども向けの音楽祭を企画・運営した経験などもあり、海外アーティストとのコラボレーションに可能性を感じていました。
そんなとき、2015年に参加したTPAM(Tokyo Performing Arts Market/現YPAM=横浜国際舞台芸術ミーティング)で、私の講演を聞いたドイツのアーティストから「同じような活動をしている団体がオーストラリアにいるよ」と紹介されたのが、ポリグロット・シアターのメンバーでした。
そこで、連絡先を伝えると、当時のポリグロットのリーダーからすぐにメールが来て、「何か一緒にできることはないか」という話になり、数か月後の2015年6月に、南三陸町で一緒に参加型パフォーマンスを行うことが決まりました。まさに怒濤の展開でしたね。その後、2018年、2023年にもコラボレーションのワークショップを実施しています。
2023年の横浜でのコラボレーションの様子
ポリグロット以外のアーティストとのコラボも
——ポリグロット・シアター以外にもオーストラリアのアーティストとコラボレーションを行っているようですね。
そうですね。2018年には、オーストラリア・カウンシル(現クリエイティブ・オーストラリア)の紹介で知り合ったオーストラリアのサウンドアーティスト、マデリン・フリン&ティム・ハンフリーと一緒に、「The KARAOKE Project」という空間アート作品とパフォーマンスを横浜で開催しました。実は彼らが日本のカラオケに興味があって、「カラオケはいろいろな人の心をつなぐよね」という話になって、これをテーマにしたパフォーミングアートの公演を行いました。横浜市の小学校でワークショップを行ったほか、横浜関内にあるアート・スペース「The CAVE」でイベントも行いました。
ほかにも、2019年には、オーストラリアとの国際交流事業として、横浜、大阪、シドニーで、アーティストが食を通して自身の人生を語る「DINING ROOM TALES」を開催しました。これは、メルボルンを拠点とするアートディレクター、ザン・コールマンとのコラボレーションで、あっちこっちのピアニストがイベントに参加しています。
ここでは、アーティスト自身が縁のある音楽とともに思い出の料理をつくり、参加者と一緒に食卓に着き、自らの生い立ちや芸術観について語り合う実にスローライフ的なパフォーマンスを行いました。
2015年に南三陸町で初めてのコラボレーション
——豪日交流基金の助成によって行われた最近の活動について、お聞かせください。
2023年6月に、ポリグロット・シアターと一緒に、神奈川県横浜市で、未就学児と小学生を対象にした「ペーパープラネット」の公演を行いました。横浜市内の小学校4校、特別支援学校2校のほか、横浜こどもホスピスプロジェクトにも訪れ、アートと音楽を交えた参加型ワークショップを共同で開催しました。計7か所で10回以上の公演を行ったと思います。
先ほどお伝えした通り、最初にポリグロットとコラボレーションをしたのは、2015年5月の南三陸町です。このときは、アートと音楽を交えたカフェコンサートのようなワークショップを行いました。当時は、ものすごい勢いで復興が進んでいる時期で、南三陸町はダンプカーだらけで、子どもたちが気軽に外で遊べないような状況でした。
ポリグロット・シアターのメンバーとこの状況をどう楽しめるかを相談し、最終的に「桃太郎のその後」をテーマにした即興のパペット上演をしました。パフォーマンスはポリグロットのメンバーが担当し、音楽はあっちこっちのピアニスト2名が担当しました。
2015年に南三陸町で行ったワークショップ「桃太郎、次は」
このイベントはかなりユニークなのですが、まずポリグロットのアーティストたちが当時まだ仮設住宅に住んでいたお年寄りの皆さんから昔話のヒアリングを行い、そこで「桃太郎」というテーマが出てきます。その後、子ども向けのワークショップで、「桃太郎のその後」というお題で、子どもたちに自由に絵を描いてもらい、一緒に物語をつくりました。そのひとつは、桃太郎に退治された鬼に友達ができ、やがて結婚して、子どもができ、家族で子どもたちが暮らす町に戻るというユニークな物語。これをポリグロットのメンバーが最終的にパペット上演して、大いに盛り上がりました。
この2015年のコラボレーションの成功を受け、2018年2月にも一緒に南三陸町を訪れ、「ペーパープラネット」のワークショップを共同で行いました。そこでも子どもたちの作品をプロのアーティストがアレンジして、パペット上演するようなパフォーマンスを一緒に行いました。ポリグロットとのコラボレーションは、いつも新鮮な刺激があります。
南三陸町での「ペーパープラネット」はいつも大盛況
——厚地さんは、ポリグロット・シアターの活動をどのようにご覧になっていますか?
ポリグロット・シアターはコンセプトがしっかりしているチームだと思います。彼らには「Kids are the boss(子どもが主役)」というコンセプトがあって、常に子どもの目線で楽しさを追究しています。アーティストが主役ではなく、あくまでも参加する子どもが主役。子どもたちに主体的に遊んでもらうために、アーティストはどう動くべきか考えて、パフォーマンスをつくっています。
その根底には、一緒に楽しもうという感覚があります。あっちこっちも音楽を教えるのではなく、一緒に気軽に楽しもう!というコンセプトなので、相性のよさを感じます。
共にアジアをつなぐ存在なのだと再認識した
——ポリグロット・シアターの活動にオーストラリアらしさを感じるところがあれば、教えてください。
これはオーストラリアらしさなのかわかりませんが、ポリグロット・シアターのタマラ・ハリソンさんから「自分たちのパフォーマンスでオーストラリアだけでなく、アジアをつなげたい」と言われたとき、はっとしたことがあります。
日本人って、自分がアジアの一員であることを強く意識する機会があまりないと思うんです。主体的にアジアをつなぐような感覚というか……。さらに、オーストラリアの人々は、欧米圏に近い印象もありますよね。タマラさんの言葉で、私たちはアジア人同士で、アジアをつないでいける存在なんだと再認識しました。こうした多様性を包摂していくような感性は、多国籍国家のオーストラリアならではの文化によるものなのではないかと思います。
——厚地さんは現在の日豪の関係をどうご覧になっていますか?
「やさしい関係」だと思っています。リラックスした関係と表現してもいいかもしれません。政治的にも経済的にもギスギスした雰囲気がありませんよね。日本で東日本大震災のような大きな災害が起これば、オーストラリアの人々はすぐに駆けつけてくれます。一方、日本人もオーストラリアで大規模な山火事があれば、関心を寄せます。ポリグロットとあっちこっちのように、お互いを支え合える関係だと思いますね。
子どもの作品をプロがアートに昇華するのがオーストラリア流
——長い信頼関係の中で、ポリグロット・シアターのメンバーから、アートや文化の面で学んだことはありますか?
「子どもたちと一緒に楽しもう」という姿勢に日豪の違いを感じていて、そこから多くのことを学んでいます。日本人は、学校で子どもの展示作品を見るとき、そこは「聖域」として、絶対に触ってはいけないような感覚がありますよね? オーストラリアのアーティストは、子どもの作品に手を加えて、バージョンアップしたりするようなことが自然にできるのです。
子どもたちが描いた絵がパペットに!
例えば、「桃太郎、次は」のワークショップでは、子どもたちが紙に描いた絵をポリグロットのメンバーがパペットにして動かしたりするんです。翌日学校に行ったとき、自分の描いた絵がパペットになって動き出したら子どもたちはうれしいですよね。子どもたちがまいた種をプロのアーティストが芸術に昇華することで、子どもたちに忘れられない体験を届ける。このプロセスは、あっちこっちの活動でも見習いたいと思っています。
——今後、ポリグロット・シアターとのコラボレーションによって、実現したいイベントやプログラムはありますか?
レインボーさんも言っていましたが、2団体で一緒にイチからパフォーマンス作品をつくれたら最高ですね。メンバー同士もみんな仲がいいので、いずれ必ず実現したいと思っています。あとは、あっちこっちのメンバーもオーストラリアで、パフォーマンスをしてみたいですね。これも必ずなし遂げたい目標のひとつです。
オーストラリアの自然や文化を学ぶイベントを企画したい
——認定NPO法人あっちこっちの活動において、実現したい夢や目標はありますか?
レインボーさんから「Forest」というパフォーマンスの話もありましたが、あっちこっちでも子どもと一緒にオーストラリアの自然や文化を学ぶイベントなどを企画してみたいですね。遊びながら、子どもたちがオーストラリアの珍しい動物や大きくてカラフルな昆虫などについて学ぶような……。
例えば、2025年の大阪・関西万博で行うオーストラリア館などで、ポリグロットともコラボレーションができたら面白いですよね。オーストラリアの文化と日本の文化を互いに学び合えるようなプログラムをつくって、日豪のさらなる信頼関係構築に少しでも貢献できたらと思います。
【取材協力】
オーストラリア・メルボルン拠点のコンテンポラリー舞台芸術カンパニー。子どもやファミリー向けの参加型パフォーマンスは世界的に知られている。1978年設立で、北米、ヨーロッパ、アジアなど世界中で数多くの公演を実施。東日本大震災の被災地復興支援とも関係が深く、2013年から宮城県南三陸町で被災地支援のアート活動を行っている。
レインボー・スウィーニー
20年以上にわたり、オーストラリアの舞台芸術と文化の分野で活躍。ポリグロット・シアターにおける役割は、新作の開発から作品のプレゼンテーション、ツアーの運営など多岐にわたる。ポリグロット・シアターの作品を世界中のコミュニティに案内することに大きな喜びを感じている。デザイナーとしての一面もあり、メルボルンのアートシーンで有名なGreen Room Awardを受賞している。Victorian College of the Arts (The University of Melbourne)卒業。
多くの人に芸術を届けて、笑顔を増やすことをミッションとするアート集団。2011年8月、芸術で社会貢献をする市民団体として神奈川県横浜市で発足。若手アーティストによる東日本大震災の被災地支援から活動をスタートし、現在は学校、介護施設、文化施設などにも舞台を広げ、アートと音楽を融合したイベントやワークショップを開催している。
厚地美香子
武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒業後、20年間クラシック音楽コンサート・マネジメント会社に勤務。アーティスト・マネージャー、コンサート・音楽祭の企画・制作・運営、営業、広報など幅広いマネジメント業務に携わる。2011年8月に、「あっちこっち」の前身なる若手アーティストを支援する団体を発足。2013年に認定NPO法人あっちこっちを立ち上げ、理事長に。現在は、被災地支援をはじめ、学校、介護施設、地域コミュニティ、文化施設などでコンサートやワークショップを開催している。