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豪日の海洋研究者に聞く——気候変動時代における南極・南大洋域の観測・調査の重要性とは?

 

近年、南極域では海氷面積が急激に減少し、これまでの観測史上にない規模の変化が確認されています。こうした変動は、海洋循環や気候システムを通じて、世界全体の環境や私たちの暮らしにも影響を及ぼす可能性があります。南極・南大洋域で起きている変化は、もはや「遠い極地の出来事」ではありません。この分野の研究で世界をリードするタスマニア大学のアレックス・フレーザー博士と国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の草原和弥博士に、気候変動時代における南極・南大洋研究の重要性、そして豪日研究協力の意義について聞きました。 

 

南極・南大洋域の変化は世界全体に影響を及ぼす 

 

——気候変動は今や地球規模の大きな課題になっています。おふたりは、現在の地球環境をどのようにご覧になっていますか? ご専門である南極地域の研究を踏まえて、お聞かせください。 

 

草原和弥博士(以下、草原): 

南極や南大洋は日本から遠く離れた場所ではありますが、近年、この地域では海洋や雪氷圏に大きな変化が現れ始めています。しかもそれは、南極だけの問題ではありません。南大洋は、地球全体の熱や二酸化炭素を吸収し、全球の海洋循環や気候システムを支える重要な役割を担っており、その変化は世界全体に影響しうるものだからです。 

 

 

私の専門である海洋・海氷研究の立場から見ると、南極域の変化は、気候、海洋、海氷、氷床、生態系が相互に結びついたかたちで進んでいることが重要だと感じています。例えば、海洋の温暖化、氷床や棚氷の融解や形状の変化、海氷分布の変動は、それぞれ独立した現象ではなく、互いに影響し合っています。さらに、こうした変化は地球規模の「コンベヤーベルト」とも呼ばれる海洋深層循環の弱化にも関係していると考えられています。温暖化に伴う氷床の質量損失は海面水位の上昇につながり、沿岸域に暮らす人々に大きな影響を与えます。また、雪氷圏の変化に伴う淡水流入などによる南大洋の変化は、全球の気候変動や生態系にも影響を及ぼす可能性があります。  

 

南極の生物多様性という観点でも変化は深刻です。海氷や海洋環境の大きな変化は、南極海の生態系やそこに生息する生物に影響を与える可能性があります。この分野の研究報告書でも南極・南大洋の変化は自然環境だけでなく、人間社会や沿岸域にも広く関わる問題であり、早急な研究と国際的な対応が必要だと強調されています。そのため私は、南極や南大洋を「遠い場所の特殊な問題」ではなく、地球全体の将来を考えるうえで非常に重要な地域として見ています。いま起きている変化を正しく理解し、そのメカニズムを明らかにすることは、将来の気候や海洋環境を考えるうえで欠かせないと考えています。 

 

アレックス・フレーザー博士(以下、フレーザー): 

私も気候変動は極めて重大な地球規模の課題だと認識しています。その影響はすでに現実のものとなり、しかもその進行は加速しています。私の専門は、南極の海氷システムの研究です。その視点から南極周辺の海氷にどのような変化が起きているのかをご説明しましょう。 

 

 

実は、2015年頃までは南極の海氷面積は拡大傾向にありました。しかし、2016年から2023年にかけて、その面積は急激に減少しました。つまり、わずか10年足らずの間に、南極を取り巻く海氷は「かつてないほど多い状態」から「かつてないほど少ない状態」へと劇的に変化したのです。これは非常に大きな「負の異常(negative anomaly)」だといえます。 

 

特に2023年には、本来形成されるはずだった海氷が約200万平方キロメートル分も不足しました。これは1978年以降の衛星観測記録の中でも前例のない規模です。この現象は研究コミュニティにとって大きな衝撃であり、その原因解明に向けて私たちは懸命に取り組んできました。草原博士は、海氷・海洋の相互作用を理解する分野における世界的研究者であり、今回のような現象の背景を解明する上でも中心的な役割を担っています。 

 

また、海氷全体の減少に加えて、沿岸に固定される「定着氷(landfast ice)」も大きく減少しています。草原博士が説明してくれたように、現在では夏季の定着氷の面積は、かつての約半分にまで落ち込んでいます。さらに近年では、海氷の「厚さ」を測定する技術も発展してきました。20年前には不可能だったことですが、現在は高度計(altimeters)を搭載した人工衛星によって、海氷の高さを測定し、そこから厚さを推定することができます。その結果、面積だけでなく、厚さにおいても懸念すべき傾向が確認されています。 

 

私たちは、こうした変化が一時的なものではなく、「ニューノーマル」になりつつあると考えています。南極周辺の海洋は全体的に温暖化しており、氷の下でも水温が上昇しています。また、大気も温暖化しています。これらが重なれば、今世紀を通じて南極の海氷が減少していくことは避けられないと考えられます。 

 

草原: 

この意味で、南極をとりまく南大洋は海洋全体の中でも中心的な役割を果たしています。特に興味深いのは、南極沿岸域が、海面付近のプロセス(表層水)と深層水をつなぐ重要な場所になっているという点です。つまり、南大洋のプロセスを理解することは、水平方向だけでなく垂直方向のつながり——海洋全体の構造を理解する上で非常に重要なのです。 

 

地球温暖化は海氷や海洋、大気の状態を変化させています。こうした変化のシグナルは南大洋の中だけにとどまるものではなく、やがて地球全体の海へと伝播していきます。南極はオーストラリアに近い一方で、日本からは遠い場所にあります。しかし、日本に住んでいる私たちにとっても、南大洋や南極で起きている変化は決して無関係ではなく、私たちの生活にとって非常に重要な意味を持っています。 

 

フレーザー: 

南極で起きていることは、決して南極の中だけに留まるわけではありません。例えば、地球規模の海流を調整している「熱塩循環(thermohaline circulation)」は、その大部分が南極周辺での海氷生成によってコントロールされています。草原博士の研究は、この重要な気候プロセスをコンピュータ上で数値モデル化することに成功しており、南極がいかに世界全体とつながっているかを明確に示しています。 

 

私は、海氷が非常に重要な指標だと考えています。なぜなら、海氷は人工衛星によって観測・測定することができるからです。つまり、海氷の変化を捉えることは、将来私たちの生活に影響を与える変化を早期に察知する「早期警戒指標(early indicator)」の一つであると言えるのです。 

 

豪日両国の研究機関で南極・南大洋域の共同研究に参加 

 

——おふたりの海氷・海洋に関する研究内容とこれまでのご経歴について、改めてお聞かせください。まず、草原博士からお願いします。 

 

草原: 

私は、北海道大学で学位を取得した後、東京大学大気海洋研究所、北海道大学低温科学研究所などで、寒冷圏や海氷に関する研究に従事してきました。現在は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)に所属しながら、主に南極・南大洋域の調査・研究を続けています。 

 

 

フレーザー博士とは、北大低温科学研究所で働いていた頃からの知り合いで、その後、オーストラリアのタスマニア州ホバートにあるAntarctic Climate & Ecosystems Cooperative Research Centre(ACE CRC)でも同僚となりました。ACE CRCは、南極地域が地球気候システムで果たす役割や海洋生態系への影響について研究していた国際的機関で、2019年にその役割を終えました。ACE CRCでは、席が隣同士だったこともあり、フレーザー博士とは、日常的に意見交換しながら研究を進めることができました。こうしたつながりが、その後の豪日研究協力にもつながっていると感じています。 

 

北大低温科学研究所では、主に極域観測を中心とした研究が行われていました。私はここで海洋や海氷の動きをコンピュータ上で再現するシミュレーション研究を専門にしていました。観測は現場で起きていることを知るために欠かせませんが、得られる情報はどうしても限られます。特に南極のように広く、観測が難しい場所では、その全体像を理解するのは容易ではありません。そこで、観測結果をうまく再現できるシミュレーションモデルをつくり、その結果を詳しく調べることで、海洋や海氷がどのように変動し、なぜその変化が起きるのかを明らかにしたいと考えて研究を続けています。 

 

——草原博士は、ACE CRCではどのような研究に取り組んでいましたか? 

 

私は海氷グループの一員として、衛星データや観測データと数値モデルの結果を比較・検証しながら、近年の南大洋の海氷変動の要因解明に取り組みました。加えて、2010年に南極アデリーランド沖で発生したメルツ氷河(長さ70km、幅30km)の大規模な崩壊が、周辺の海氷、海洋循環、さらに氷床融解にどのような影響を与えたのかについても調べました。 

 

数値モデルの中で、海氷が形成される際に排出される高塩分の「ブライン水(brine)」を追跡する、いわば「色水実験」のような解析を行い、深層循環の駆動力となる南極沿岸を出発点とする高密度陸棚水がどのように広がるのかも研究しました。こうした研究は、実際の観測だけでは捉えにくいプロセスを可視化し、仕組みそのものを調べられるという点で、数値モデルならではのアプローチだったと考えています。 

 

——今度は、フレーザー博士のご専門について、教えてください。 

 

フレーザー: 

私は、まずタスマニア大学で物理学とコンピューティングを専攻し、学士号を取得しました。その後、優等学位研究(honours research)では、人工衛星を用いた大気リモートセンシングに取り組み、南極の雲の観測を行いました。続いて、同大学院の博士課程に進み、南極の海氷リモートセンシング、特に沿岸に固定される「定着氷(landfast ice)」の研究を行いました。 

 

 

博士号取得後は、タスマニア大学で3年間ポスドク(博士研究員)として勤務しました。さらに、2013年から2015年にかけて、日本学術振興会(JSPS)のフェローシップを受けて、北海道大学に2年間留学したこともあります。この期間に草原博士と出会い、とても親しい友人になりました。毎日のように一緒にランチを取っていたのをよく覚えています。その後、タスマニア大学に戻り、現在はAustralian Antarctic Program Partnershipで研究を行っています。私がオーストラリアに帰国後、今度は草原博士がタスマニアに来られて、ACE CRCで再び一緒に研究を行いました。 

 

現在の研究についても少しお話ししましょう。私は現在、タスマニア大学に所属しながら、オーストラリア政府のAustralian Research Council(ARC)Future Fellowshipの支援を受け、4年間にわたって特定の研究テーマに取り組んでいます。私の現在のテーマは、先ほども触れた「定着氷」です。すでにお話しした通り、近年、夏季の定着氷は大きく減少しています。しかし実は、冬季にどのような変化が起きているのかについては、まだ十分にわかっていません。というのも、定着氷は観測・マッピングが非常に難しいためです。そのため現在の研究では、定着氷を正確にマッピングする手法の開発、および定着氷が夏季に減少する理由を解明する研究に取り組んでいます。 

 

この研究の一環として、2023年には草原博士とともに、南極の定着氷に関する世界初のレビュー論文を発表しました。この論文には世界中から23名の研究者が参加しており、草原博士はセクションリーダーのひとりを務めました。掲載されたのは非常に影響力の高い学術誌で、2023年の発表以降、すでに100件以上の引用があります。この論文は、定着氷の重要性、そして、なぜそれを継続的に観測し理解する必要があるのかを体系的にまとめた、おそらく唯一のレビュー論文です。現在、私の研究の多くは、この定着氷の観測・モデリング・理解に費やされています。 

 

——タスマニアのACE CRCで研究を共にしていた時代の思い出に残るエピソードはありますか? 

 

フレーザー: 

印象に残っている出来事といえば、あるとき偶然、2人とも同じ論文の査読を同時に依頼されたことがあったのを覚えていますか? 

 

草原: 

ああ、ありましたね(笑)。詳細は覚えていませんが……。 

 

フレーザー: 

査読は匿名で行う必要があるので、内容について直接話すことはできなかったのですが、なぜかお互いに同じ論文を査読していることに気づいたのです。そのとき、ホバートにはこの分野の専門家が非常に集中しているのだと実感しました。草原博士が来てくれたことで、この分野の研究レベルがぐっと高まったと感じていて、私はとても誇らしく思っていました。 

 

もう一つ印象的なのは、家族ぐるみの交流ですね。草原博士のご家族と私の家族もとても親しくなり、すぐに打ち解けていました。だからこそ、草原博士が帰国する際はとても寂しかったですね。そういえば、帰国のときにジンギスカン用のプレートをプレゼントしてくれましたよね。あれはとてもすてきな文化的交流でした。ところで、ホバートでどうやってあのプレートを手に入れたのですか? 

 

草原: 

あれは北海道から持ってきたものです(笑)。喜んでもらえて、私もうれしいです。 

 

——草原博士は、日本に帰国後もオーストラリアの研究者との交流は続いていますか? 

 

草原: 

日本に帰国して、現在所属するJAMSTECに移ってからも、オーストラリアの研究者との交流は、モデルデータの共有や共同解析、モデル比較などを通じて続いています。彼のコメントにもあったように、フレーザー博士とは、定着氷に関するレビュー論文で一緒に仕事をする機会を得ました。コロナ禍もあって帰国後はまだオーストラリアに行けていませんが、オンライン会議が普及したことで、論文執筆や研究の議論を継続できているのは大きいと思います。 

 

帰国後は、昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾やトッテン沖といった東南極域で高解像度モデリングを進めています。その中でもフレーザー博士の定着氷データを活用して、数値モデルの設定や検証に生かしてきました。最近は、豪日の極域研究の連携が再び動き始めており、ワークショップなどでACE CRC時代の元同僚と再会する機会もあります。そうした場に参加すると、研究面でのつながりが今も続いていることをとてもうれしく感じます。 

 

 

2017年に豪日交流基金の助成プロジェクトで北海道へ 

 

——2017年に、豪日交流基金(AJF)の助成プロジェクトにおふたりで参加したと伺っています。どのような研究交流を行いましたか? 

 

草原: 

2017年のAJFプロジェクトでは、フレーザー博士と私がタスマニア大学から3名の博士課程学生を引率し、北海道のサロマ湖で実施されている海氷実習に参加しました。この実習は北海道大学低温科学研究所と水産学部が中心となって行っているもので、私たちは実際に氷上観測を行いながら、海氷観測の基本的な手法やノウハウを学ぶとともに、学生たちにもその経験を共有しました。また、サロマ湖では極域観測で使用する機器の試験も行われており、研究者や技術者との交流を通じて、極域研究への理解や実践的な知識を深める貴重な機会にもなりました。 

 

サロマ湖は半閉鎖的な汽水湖で、海水の影響を受けつつ、冬には湖面が全面的に結氷します。そのため、形成される氷は海氷とよく似た性質を持ちながらも、外洋に比べて波浪の影響が小さく、比較的安全に氷上観測を行えるという大きな利点があります。さらに、陸上から直接海氷上にアクセスできる非常に貴重な場所であり、船を使わずに海氷観測を実施できる点でも教育・研究の両面で世界的にも優れたフィールドです。 

 

フレーザー: 

タスマニア大学の3名の学生は、海氷を研究テーマにしていましたが、南極に行く機会はなかなか得られませんでした。南極でのフィールド研究は、ロジスティクス(輸送や設備)の確保が非常に難しいためです。そのため、今回のサロマ湖でのプロジェクトは、彼らが自身の博士研究で扱っている対象を実際に体験できる貴重な研究の場となりました。南極に行かずとも海氷の観測や調査を実地で経験できたのです。サロマ湖のような環境は、より多くの人に海氷研究の現場を体験してもらう上で非常に有効であり、教育・人材育成の観点からも大きな意義があると考えています。 

 

草原: 

この取り組みは地元紙でも紹介され、オーストラリアからの参加者がサロマ湖で海氷観測に取り組む様子が新聞記事として取り上げられました。 実習後には、参加者の一部とともに高校や高等専門学校で研究発表を行い、海氷や極域研究の重要性を伝えるアウトリーチ活動にもつなげることができました。研究、教育、国際交流、そして地域交流を一体として進められた点が、このAJFプロジェクトの大きな成果だったと考えています。 

 

 

——AJFの助成金は、タスマニア大学の学生にとって意味のある経験になったと感じますか? 

 

フレーザー: 

はい、間違いなく大きな意味がありました。このようなフィールドでの経験は、生涯忘れられないものになります。毎日コンピュータの前で過ごす研究室から学生たちを外に連れ出し、実際の自然環境の中で学ばせることができる。こうした体験は本当に貴重で、他ではなかなか得られないものです。 

 

その後の進路にも確実にいい影響を与えています。実際、参加した3人の学生のうち、1人は現在、オーストラリアのIntegrated Marine Observing System(IMOS/統合海洋観測システム)で働いています。2人目は、科学図表のグラフィック・デザイナーとして活躍しています。3人目はタスマニアで海洋関係のデータを扱うソフトウェア会社に勤務して、海洋観測データの可視化の発展に取り組んでいます。 

 

 

2025年には豪日交流基金の助成を受け「日豪南極科学ワークショップ」を開催 

 

——フレーザー博士は、2024〜2025年のAJF助成プロジェクトにも参加されたと伺っています。1回目のプロジェクトと比べて、豪日の研究協力関係に変化を感じられましたか? 

 

2回目のプロジェクトは、1回目とは性質が大きく異なるものでした。その背景には、2008年にオーストラリアと日本の首脳によって発表された共同声明があります。それは、南極における科学研究の継続的な協力が、気候変動の地球規模の影響を理解する上で重要な役割を果たすことを認識し、この分野での協力をさらに強化していくことを確認した——という内容です。これが、南極の気候変動とその影響を豪日両国が協力して解明していこうとする取り組みの出発点となりました。 

 

 


Credit: Mark Horstman

 

この声明を受けて、2009年には第1回となる「日豪南極科学ワークショップ」が開催されました。その後、3年ごとに、オーストラリアと日本で交互に開催されてきました。2012年はオーストラリア、2015年は日本で開催されています。2018年にも日本でワークショップが開かれましたが、その後は新型コロナウイルスの影響で対面での開催が難しくなりました。そして、この流れを受けて2025年に東京の国立極地研究所で開催したのが、第5回「南極科学に関する日豪ワークショップ」でした。2024〜2025年のAJF助成プロジェクトは、この会合を支援することを目的としていました。 

 

こうした国際的な連携のための資金を確保することは簡単ではありません。だからこそ、豪日交流基金(AJF)のような枠組みを活用して、継続的な協働を支える資金源を確保できることは、私たち研究者にとって非常に重要なのです。 

 

 

豪日で南極・南大洋域の観測データ共有や研究人材交流を続けることが重要 

 

——南極地域の保全、気候変動対策など、地球規模の課題に向けて、オーストラリアと日本で協力して、どのような役割を担うべきだと思いますか? 

 

フレーザー: 

まず、オーストラリアと日本の両国に共通している点として挙げられるのは、「科学的信頼性の高さ」です。実際、2016年から2024年にかけて、南極および南大洋に関する論文数において、両国はいずれも世界トップ10に入っています。これは、南極と地球システムにおけるその役割を理解しようとする国々の中で、私たちが最前線に立っていることを意味します。つまり、私たちはすでに十分な知見を持っており、その知識を政策決定者や各国の気候政策に関わる人々へと伝えていく責任があります。 

 

特にオーストラリアには大きな責任があります。というのも、南極の約42%はオーストラリア南極領として管理されており、私たちはその保全と管理において重要な役割を担っているからです。一方で日本は、地理的には南極から離れているものの、産業技術や科学技術の分野で非常に大きな強みを持っています。特に観測機器の開発は、日本のような国だからこそ実現できる重要な領域です。 

 

例えば、1978年から続く海氷面積の長期観測データがありますが、その観測に使われているセンサーは日本が開発したものです。具体的には、「AMSR2」という非常に重要な衛星観測装置で、これによって私たちは日々の海氷面積を継続的に記録することができています。さらに、日本はスーパーコンピュータの分野でも大きな強みを持っています。草原博士のようなモデリング研究者にとって、スーパーコンピュータは不可欠な存在ですし、現在ではAI(機械学習)が研究に大きく関わるようになったことで、その重要性はさらに高まっています。今では、私のような衛星観測の研究者にとっても、スーパーコンピュータは欠かせないツールになっています。 

 

 

こうした強みを組み合わせることで、豪日の協力は単なる足し算ではなく、相乗効果を生み出すことができます。そして、その協働を最大化していく責任が、私たちにはあると考えています。2025年の「南極科学に関する日豪ワークショップ」も豪日交流基金(AJF)の支援によって実現した重要な機会でした。実際、この1年の間にも、日本人研究者がオーストラリアで主導する形で、南極周辺の海洋観測をどのように強化すべきかをまとめたホワイトペーパーが発表されています。これはワークショップの成果の一つであり、東南極における観測体制の連携を強化し、未解明の領域をより深く理解することを目的としています。 

 

現状では、南極大陸棚の多くの海域について、水深すら正確にわかっていない場所もあります。観測船を送り込むことが極めて困難なため、基本的なデータすら不足しているのです。しかし、両国のリソースと知見を結集すれば、こうした未解明の領域に対しても、より深い理解に到達できるはずです。 

 

草原: 

南極・南大洋は非常に広大で、一つの国だけでその実態を把握し、継続的に観測し、将来を予測することはできません。しかも南大洋は単に南極の周りにあるというだけではなく、大西洋、インド洋、太平洋という三大洋をつなぎ、さらに表層と深層を結びつける、地球の気候システムの要となる海です。地球全体の熱や二酸化炭素を取り込み、全球の気候を調節するうえで大きな役割を果たしており、その変化は南極域にとどまらず、世界全体に影響します。 

 

そのため、南極・南大洋をどう理解するかは、気候システムをどう理解するかに直結していると思います。特に、今後の温暖化のもとで、海洋循環、氷床・棚氷、海氷、生態系がどのように変化していくのかを明らかにすることは非常に重要です。さらに、南極底層水の性質や量がなぜ変化しているのか、そしてその変化が全球の海洋循環や気候にどのような影響を及ぼすのかを解明することも、重要な課題だと考えています。 

 

その中で、日本とオーストラリアは互いに補完し合える非常によい関係にあると思います。両国とも東南極域に南極基地を持ち、その周辺を中心に継続的な観測や研究を行っているため、観測データの共有、研究交流、人材交流を進めることで、それぞれ単独では得られない理解に近づくことができます。特に、観測と数値モデルを組み合わせた統合的な研究を進めることが重要で、観測で得られた知見をモデルに反映し、逆にモデルによって観測だけでは捉えにくい広域的・長期的な変化を理解するという形で協力を深めていくことが望ましいと考えています。 

 

日本とオーストラリアが担うべき役割は、東南極域を中心に、観測・モデル・人材育成を結びつけながら、国際社会に信頼できる知見を提供していくことだと思います。南極地域の保全や気候変動への対応は、一国だけで進められるものではありません。だからこそ、地理的にも研究的にも近い立場にある豪日が、長期的に連携を続けることに大きな意味があると考えています。 

 

——最後に研究者として今後、豪日で協力して取り組みたいテーマや研究における目標があれば、お聞かせください。 

 

フレーザー: 

これは、昨年(2025年)東京で行われたワークショップでの議論のまさに核心部分でした。今後3年間で取り組むべき具体的なプロジェクトについても整理されています。私たちの強い問題意識の出発点は、この10年間で起きた南極の海氷面積の急激な減少です。その原因と影響を解明するため、私たちは今、非常に緊急性の高い取り組みを進めています。 

 

特に重要なテーマの一つが、衛星観測の活用です。南極の海氷の物理的特性をより詳しく把握するために、新たに運用が始まる衛星データをどのように活用するかについて、重点的な議論を行いました。さらに現在の研究分野では、AIの活用が大きなテーマとなっています。膨大な観測データからより多くの価値を引き出すために、AIの役割は今後ますます重要になるでしょう。 

 

2028年にはオーストラリア主導の南極観測航海が予定されており、「周縁氷域(the marginal ice zone)」の理解を深めることを目的としています。ここは海氷の外縁部で、南大洋の波と直接相互作用する領域です。現在、この周縁氷域の変化が、南極海氷の減少に関与している可能性があると考えられています。この観測航海にも、これまでと同様に日本の研究者の参加を呼びかける予定です。実際、2003年以降、オーストラリアの海氷観測航海には常に日本の研究者が参加しており、こうした協力関係は今後も継続していきます。 

 

さらに、両国が共通して保有している研究設備として「波浪水槽(wave ice tanks)」があります。これは低温環境の水槽内で海氷を再現し、そこに波を与えることで氷の応答を調べる実験装置です。波によって氷がどのように破壊されるのか、その物理特性を理解する上で重要な手法であり、今後の豪日連携の重要な分野になると考えています。 

 

 

サロマ湖でプランクトンのサンプルを観察するオーストラリア人学生

 

もう一つ非常に重要なのが、若手研究者の交流です。私自身も、2013年から2年間、JSPSのフェローシップで札幌に滞在しました。このプログラムは私たちのグループの多くの研究者が恩恵を受けてきたものです。これまでに、日本からオーストラリアへ来た研究者もいますし、オーストラリアから日本へ渡った海氷研究者も数多くいます。こうした交流は日本政府によって支援されており、豪日の研究協力にとって極めて重要な役割を果たしています。むしろ、このプログラムは私たちの協力関係の“基盤”と言ってもよいでしょう。もしこれがなければ、現在のような海氷システムの理解には到達できていなかったと思います。 

 

こうした取り組みの一つひとつは小さなステップかもしれませんが、それらを積み重ねて統合していくことによって、南極の将来変化や、それが全球の海洋や気候に与える影響について、より信頼性の高い予測が可能になると考えています。 

 

草原: 

私も今後、力を入れていきたいテーマは、南極・南大洋における海洋、海氷、氷床・棚氷の相互作用を統合的に理解することです。特に、温暖化のもとで、海氷変動や氷床融解、淡水流入の変化が将来の海洋循環や気候にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしたいと考えています。私は数値モデリングを専門としているので、今後も観測データとモデルを組み合わせた高解像度モデリングを進めたいと思っています。特に、南極沿岸域を主眼におき、定着氷、沿岸海洋循環、棚氷底面融解、高密度水の形成などをより詳しく調べていきたいです。 

 

また、オーストラリアや日本の大学・研究機関と連携し、観測データの共有やモデル比較、共同解析、人材交流を通じて、東南極域を対象とした統合的研究を進めたいと考えています。フレーザー博士も言っていたように、オーストラリアの研究チームには、衛星などを用いた観測やデータ取得といった強みがあります。これに対し、日本の研究チームはAIやスーパーコンピュータを用いた数値モデリングの研究で貢献することができます。つまり、両国のモデリング研究と観測データを統合することで、より精度の高い理解を目指すことができるのです。観測とモデルを結びつけながら、豪日それぞれの強みを生かした協力を続けていくことが、今後ますます重要になると考えています。 

 

(プロフィール) 

アレックス・フレーザー博士 Alex Fraser 

オーストラリア・タスマニア大学に所属する海洋・海氷研究者。専門は、人工衛星を用いた南極海氷のリモートセンシング研究で、特に南極沿岸に固定される「定着氷(landfast ice)」の観測・解析を主要テーマとしている。?タスマニア大学で物理学とコンピューティングの学士号を取得後、南極の雲を対象とした衛星リモートセンシング研究に取り組み、博士課程では東南極域の定着氷分布と変動を研究。2013〜2015年には、日本学術振興会(JSPS)のフェローとして北海道大学低温科学研究所に滞在し、日本の研究者との共同研究を推進。その後も南極・南大洋域の豪日研究交流を継続している。 

 

草原和弥博士 Kazuya Kusahara 

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)に所属する海洋・海氷研究者。専門は、南極・南大洋における海洋循環、海氷変動の数値モデリング研究。北海道大学で学位を取得後、東京大学大気海洋研究所、北海道大学低温科学研究所などで海洋・海氷に関する研究を継続。2015〜2019年には、オーストラリア・タスマニア州ホバートのAntarctic Climate and Ecosystems Cooperative Research Centre(ACE CRC)で、南極海氷変動や海洋循環に関する国際共同研究に参加した。